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ビザ取得状況(すべて)

日本時間2019/6/20(木)5:13現在、1069件の回答が登録されています。

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AYA大阪-面接
Jビザ(初回)
26月30日面接。7月2日Expack到着。
私は神奈川在住なのですが、東京の面接予約がDS2019到着時(6月中旬)には8月中旬までいっぱいだったので大阪で面接の予約をしました。前日に大阪入りし、翌30日は10時30分の面接だったので10時に大阪大使館到着するようにホテルを出ました。大阪は始めてだったので、大使館が見つけられるか少し不安でしたが簡単に見つかりました。東京の大使館とは雰囲気が違い守衛の方も親切に対応してくれました。セキュリティーチェックを受け簡単な書類チェックを受けました。この時点で申請書に不備がある人は指摘を受け、簡単な不備であればその場で対応しているようでした。その後、3階へ移動し、再度書類のチェックを受け、過去のパスポート等必要ないものはそこで返却されました。面接までの待ち時間は約10分程度で、領事によって1人ずつ呼ぶ人と4〜5人まとめて呼ぶ人がいるようでした。質問の内容は簡単な英語で「今回のアメリカ滞在の目的は?」「今の仕事内容は?どのくらい働いている?」等で2〜3分程度で「ビザガハッコウサレマス(日本語)」と終わりでした。あまりにあっけなく終わったので終わったのに気づかなかったくらいです。私は過去に留学歴(5年)があり旅行会社でのJ-1研修ということで却下される可能性が高いと周りからは言われていたので、書類にはかなり気を使いました。申請書以外の付属書類は@帰国意思エッセーA現職上司からの推薦状(帰国後再雇用するつもりであるといった内容)B実家の土地・建物の登記簿(将来相続させるという父親の署名付き)C学生時代の成績証明書・TOEIC等です。また、面接でどんな質問にも答えられるように準備もしていきました。実際はほとんど必要なかったですが準備だけは万全で行ってよかったと思います。(2005/7/13(水)1:02)
Ray大阪-面接
Hビザ(初回)
27月7日(木)に大阪にて面接を受けました。
先方からのI-797の到着が遅れたため、途中で予約の変更を行いました。ここで気付いたことは、一旦2週間くらい先まで予約が埋まっても、前日ないし前々日には殆どの日で、再度予約可能になるということです。つまり1、2日前にキャンセルないし予約の変更が発生しているということです。
書類の準備は業者には頼まず、自分で行いました。I-797以外に必須の書類はDS-156、DS-157のみです。ともにdownloadしたところ自分で作成できると判断しました。身近に帰国したばかりの先輩Drがいたので少し手伝ってもらいましたが。I-157はAdobe Illustratorを使って綺麗に作成しました。
当日は午前に博多を新幹線で出発。午後3時の予約でしたが、2時に到着。警備員にそのまま2時に建物の中に入れてもらいました。空港のようなsecurity checkの後、書類のチェックは不備もなく、2時半頃には3階へ上がりました。
ここで一列に並んで、申請書類の提出を待つのですが、なぜかJ visa申請の人の書類は、「留学ビザの方は書類を出して」と言いながら職員が現れて、まとめて持って行ってしまいました。H visa申請の私はそのまま並んで待ちました。申請書類を提出後は30分程待って、3時過ぎに名前を呼ばれました。
指紋を採られ、質問を待ちましたが、一つの質問もなく、日本語で「一週間でビザはでます」の一言でした。ビザ申請にとくに心配はありませんでしたが、拍子抜けの面接でした。
念のため、当日はSupple H、I-129のコピー、employment letterのコピーも持参しましたが、まったく必要ありませんでした。
ビザの貼られたパスポートは土曜日の午後に届きました。
前日から泊まりがけの人もおられるようですが、午後に予約を入れれば、福岡からは日帰りで十分に可能だと思います。私は大阪で夕飯を食べて、ゆっくり博多へ帰ってこれました。留学に何かとお金がかかるときに、書類の作成を依頼するのも、大阪に一泊するのも勿体ない気がします。(2005/7/11(月)8:36)
みつる大阪-面接
Jビザ(初回)
3(続き)(書類作成)
書類作成は必ずしも業者に頼まずとも出来るが、
体裁を美しく、内容的にもミスのないものにするにはかなり時間がかかる。
とてもあの短時間の審査で、書類内容全てにチェックが出来るとは思え
ないが、突っ込まれることを避けるためには書類は完璧であるに
越したことはないと思う。
私は1月末には2019が受領できていた上に出発予定が9月だったので
かなり時間的余裕があった。最初に出身学校の住所等や、過去の職場の
住所など、必要な項目を私と妻、各自で自分のものを書き出した。
妻が、157,158の様なPDFでダウンロードした書類に
コンピューター上で記入できるソフトを、
このサイトで教えて頂いて購入してきたので、
子供たちが幼稚園へ行っている間に、妻が書類を作成。
一旦出来上がった時点で私もチェック。
打ち間違いの訂正や見た目を整えた上で完成版として保存。
156は私の分はもちろん私が作成、妻と子供2人分は妻が作成。
サインは、
156→私のは私、妻のは妻がサイン。
    子供たちのは作成者欄は妻がサイン、
    本人欄は子供の名の後にby motherと記載して妻がサイン。
2019→妻のは妻自身がサインしたが、
     子供たちのは子供の名の後にby fatherと記載して私がサイン。
     子供たちの2019にはJ−1本人がサインする、とどこかで
     読んだ記憶があったので、、、

妻が非常に頑張ってくれたので、領事からは
「Excellent Paper-work!」とほめられた。
ノーミスであったし、一切指摘されることもなかった。
その代わり、妻には大阪駅前のデパートで高いものを買わされた。
まあ、代行業者に頼むよりかは安かったのでよしとしよう。

このサイトのタイトルどおりの、
研究留学する方には面接はおそらくあっけなく終わるだろうが、
それまでの準備が大変だった。
出来る限り時間的余裕を持って準備することをお勧めします。
(2005/7/8(金)8:07)
みつる大阪-面接
Jビザ(初回)
3(続き)再びタクシーを拾い、大阪駅へ戻る。駅前のデパートでお土産を買い、
昼食を取ってホテルに戻り、預けた荷物を引き取る。新大阪駅に移動し、
新幹線で帰宅。
面接は月曜日だったが翌火曜日の午後にはネット上にEXPACKの
番号がアップされ、翌水曜日午後の便でパスポートが届いた、と
職場に妻から連絡が入った。

(提出した書類)
DS−156,157,158及びDS−2019
写真(156の所定の場所に両面テープで貼った)
ビザ料金領収書(156の3枚目裏に両面テープで貼った)
英文の銀行残高証明書
(別に用意しておいた書類)
J終了後雇用します、という教授サイン入りのレター
対患者業務には携わらないことを宣誓したレター
対患者業務には携わらせない、と記載された留学先のレター
給料の出所(ボスが取ってきたNIHグラントから)が記載された
      留学先からのレター

給料の出所レターだけは、面接前に女性職員に渡したが、
その他に用意した書類は出せとも言われなかった。
面接時の「Jが済んだらどうするの?」で帰国意思の確認に代えたと
思われる。
現所属先からは一切給料が出ないためかどうかは分からないが、
ビザには「2年ルールの適用から除外される」と記載してあった。

(2005/7/8(金)8:06)
みつる大阪-面接
Jビザ(初回)
3(続き)10時少し前ぐらいから、4番5番ブースから、領事が申請者を呼び始める。
「○さん、△さん、☆さん、■さん、♪さん、4番へ」といった感じ。
■さんが○さんより早く領事の前に並んだとしても、結局面接は○さん
からであった。
私たちが呼ばれたのは10時10分頃。呼ばれたのは5人グループの一番最後
だったので最後に並ぶ。
最初の3人は順調に進んだのだが、私たちの前、4番目の人で足止め。
最初日本語でいくつか質問をした後、領事の顔色が若干険しくなり、
いきなりネイティブスピードでの面接に切り替わった。
驚くことに、この申請者の方は非常に流暢に英語を話していた。
途中、領事は他の職員を呼んで協議をしていた。
結局、この人はビザ却下となってしまった。
聞いてください、と食い下がってはいたが、領事は一切聞く耳を持たず、
「今回はダメなものはダメです。再申請する権利はあります、
 発給される保障はないけれど。」と言っていた。
どなたかが書いておられたが、領事面接といっても個室で面接するわけでは
ないので、前の人と領事の会話内容なんぞ丸聞こえである。
ちなみにこの人、ホテル研修が目的のJ−1申請だったようだが、
日本でもホテル業についていたようだし、英語もとても流暢だったし、
察するにJ不適格、H−1bで申請せよ、って事ではないだろうか。

目前でのあまりの成り行きに私も妻も少々固まってしまっていたが、
「Next!」と言われて領事の前に進み出ると、うって変わって
にこやかであった。
「何科のオイシャサンですか?」「何の研究をするんですか?」
以上は日本語であり、
「Jが終わったらどうするの?」
「対患者業務には従事しないよね?(No patient care,OK?)」は
英語(非常にゆっくり、聞き取りやすく質問してくれた)で私に質問。
妻には、
「Mrs.○○、上のお子さんの年はいくつ?」(英語で)でおしまい。
私、妻の順で指紋を採取。
「一週間で届きます。Welcome to the United States.」で面接終了。
再び1階へ降り、左肩のシールをはがして携帯電話などを返してもらう。
そして退館。ここで10時半であった。領事館前には長蛇の列であった。
領事館斜め前のスタバで一服。スタバには書類を呆然と見つめる人も
いた。
(2005/7/8(金)8:03)
みつる大阪-面接
Jビザ(初回)
3(続き)整列した1列ずつ、入館。
入ってすぐ空港みたいなセキュリティチェック。
ペットボトルの飲み物はここに来るまでに、玄関前の段階で預けてくる
ことになっているのだがこのセキュリティチェックの
ところまで持ち込んでいた女性はものすごく怒鳴りつけられていた。
ここで、携帯電話やその他電子機器は
領事館預かりとなる。引き取りのためのタグを渡される。
セキュリティをパスしたところで左肩に日付と入館番号が書かれたシールを
貼られる。これは退館まで外してはならない。服の素材によってははがれ
易いのでご注意。
引き続き、女性職員による大まかな書類のチェック。
このチェックに行くまでのところにソファがあるが、座っている人には
「立ちなさい!」とのお叱りがあるので、座ってはならない。
(妊婦や怪我している人などはOKなんだろうが。)
サイン漏れ、写真の背景(ここでも撮り直しを支持される人続出。ちなみに
一旦退館することになるので、当然並びなおし、セキュリティチェックも
再び受けることになる)、書類の不備などをチェック。
私の場合はアメリカ人女性で、チェックした後、4人分の書類をまとめて
1つのクリアフォルダに(むりやり)はさみ、残り3枚のクリアフォルダは
ここで返された。このチェックが済んだ者からエレベーターで3階に上がる。

3階は対して広くもない部屋に窓口が5つ。部屋の両脇にベンチがあった。
まずは窓口前のスペースで並ぶが、ここで女性職員が現れ、ビザの種類を
聞かれたので、「J−1、2」と答えると書類を渡せ、並ばなくていい、と
言われ指示に従う。本来は、このまま並んで向かって左から1〜3番のブースでまず1回目の面接?を受けるようである。この並ぶ並ばないの基準は分からない。おそらく、問題が少ないであろうJ−1やH、Lなどは事務室内部
でチェックし、領事へとまわすのだろう。時間短縮のためだと思われる。
この時点で9時半。
ベンチで待っていると先ほどの女性が現れ、給料の出所について尋ねられた
ので、留学先からのレターをその場で追加提出。「OK,OK」と上機嫌で
戻って行った。
(2005/7/8(金)8:00)
みつる大阪-面接
Jビザ(初回)
3今回J−1及び同行家族3人のJ−2の計4人分の申請。
DS−2019は今年1月に留学先に申請、一ヶ月で手元に届いた。
妻の出生地が間違っていたので、クレームをあげたところ、
3日で妻の修正2019がFedEXでアメリカから届いた。

6月26日(日)に妻と共に大阪に入り、
大阪駅ビル内のホテルグランヴィアに宿泊。
翌朝、ホテルをチェックアウトし、同時に書類以外の全ての荷物をフロント
で預かってもらう。
領事館に行きたいのだが、と尋ねると、行けない距離ではないですが、
といって教えてくれたが、外に出たところ半端でない暑さだったし、
妻もいるので、奮発して?タクシーで行く。1メーターだった。
ちなみに、領事館自体は何の変哲もないただのオフィスビルだが、
目印は建物前道路一車線をふさぐ警察車両である。歩いて行かれる方は
目印にどうぞ。
9時の予約だったが8時にホテルを出て8時10分に到着。列に並んで
22,23番目だった。
警備の方が列を整理しつつ、持ち込み禁止の荷物や面接予約票のチェックを
していた。8時45分ごろ玄関前で1列5,6人ずつくらいに整列し再び待つ。
この時点で予約票を一番手前にしてその他の書類と一緒にクリアフォルダに
挟んでおくように、などの指示。
また、ここで警備の人が各人の写真をチェック。写真に対しては非常に
厳しく、「こんなんじゃダメです!」と皆の目前で大声で指摘。取り直しに
直行する人が多数。白黒写真を撮ってきていた女性には驚いた。当然、
撮り直しである。写真が厳しい、ということは知っていたので、
我が家は家族全員、イタい出費ではあったが写真屋に行き、
「背景は白!」とくどいほど念を押し、試し撮りまでしてもらった上で
撮影しただけあって問題は無しだった。

(2005/7/8(金)7:58)
hanako大阪-面接
Hビザ(更新)
3私は2005年の3月にアメリカ国内でH1b更新のアプルーバルをもらい、6月に日本に帰国した際、ビザスタンプをもらうべく大阪の領事館に面接を受けに行きました。金曜日の朝10時半のアポをとったのですが思ったより交通がスムーズで9時半には領事館についてしまっていました。領事館の隣のコンビニでエクスパック500を購入した後、入り口の外に10人前後の人が並んでいたので、その後ろに並びました。警備のおじさんに「予約時間よりかなり早く来てしまいましたが並んでもいいですか」と訪ねると、「かめへん、かめへん、こんなんは早よ来たもん勝ちや。」と言われ、あっさり中に入れました。中でセキュリティ検査を受けたのですが、飲み物や携帯などは預けなければなりませんでした。そのときに誰かの携帯が鳴って、その人が携帯に出ようとするとセキュリティの人たちに「切ってください!退館させますよ!」とどなられていました。また、私の前の人は申請フォームをプリントしてから手書きで記入してしまったため、領事館の向かいのインターネットカフェに行かされていました。必ずオンラインで記入してからプリントするようにとのことでした。そのあとエレベーターに乗って上の階にに行き、まず日本人の担当者に書類チェックをしてもらった後、アメリカ人(領事?)へと回されました。そこで両手の指紋をとり、英語でアメリカにトータルで何年いるのかだけをきかれました。あっさり手続きが終わり、週末をはさんで翌週水曜日にはビザがおくられてきました。(2005/7/7(木)16:03)
YYカナダ領事館-面接
Jビザ(初回)
7月6日、ケベック領事館でH-1bからJ-1 clinicalに切り替えました(妻のJ-2も同時に申請)。結論から言いますと、領事から何一つ質問はなく、指紋採取後、引換券をもらい、ビザを即日発行していただきました。ただ、難を言いますと、領事館の中は非常に狭く、順番が来るまで吹きさらしの戸外で待たされます。小さいお子様をお連れの方は、季節等を考えたほうがいいかもしれません。
10:00の予約でしたので、9:20頃到着。既に10組が外で待っておりました。まず9:30の予約の人達が一組ずつ順番に中に入り、その後10:00の予約組が中に一組ずつ入ります。10:30の予約の方は早く来ていたにも関わらず、後ろに回されていました。中に入ったのが11時過ぎ。
11:30頃、窓口に呼ばれ、パスポート、DS156, DS157, DS158, ECFMGからのカバーレター、大学からのOffer letterのコピー、200US$を提出しました(妻のDS157は提出していません)。領事との面接後、前述のごとく、同日午後4時にパスポート、DS2019(封筒に入れられます)を受け取りました。
日本とのTieの証明に関しては、何も要求されませんでしたが、厚生労働省からのState of Needのコピーを用意しておりました。また、ECFMGからのカバーレターに、プログラム終了後日本に帰国することが記載されており、それが証明になったのかもしれません。(2005/7/7(木)13:24)
マック東京-面接
その他
26月22日(水)8:15が、面接予約で、1時間早い7:15に大使館に着きました。1時間前でしたが、すでに1人いて、2番目でした。当日は、大雨でしたが、2番目だったので金属探知機前の仮設テントで、雨宿りが出来ました。7:45に、門が開き、面接の部屋に入ったのは8:30頃でした。1番に中に入りましたが、学生の団体が優先され、その人達が終わってから数人後に呼ばれました。このサイトで知っていましたが、呼ばれるのは、並んだ順ではありませんでした。指紋、面接後、1週間で発行されると言われました。大使館を出たのは9:15でしたが、外には傘をさした長い列が並んでいて、大雨の中大変そうでした。ビザは、2日後の24日(金)にエクスパックで、届きました。いくつか気づいた点:1番目に並んでいた人は、学生で付き添いの母親も一緒に門の中に入れました。7月8月は、学生の団体枠が多くあり、そちらの方が優先されるようです。このサイトでは、大変お世話になりました。(2005/7/6(水)1:24)
りもーね東京-面接
Jビザ(初回)
5アメリカの教育機関で1ヶ月間のサマーセミナーに参加するため、J1ビザを取得しました。6月24日(金)に面接、都内の自宅に29日(水)にExpackが届きました。面接予約は11時15分頃でしたが、大使館には8時20分頃到着し、建物の外で1時間(暑い日で大変でした)、中で40分並びました。その後指紋採取があり、さらに10分ほどして面接でした。面接は何も聞かれず、「おつかれさま。1週間くらいでもらえます」とだけ言われました。
実は、プログラムの期間が短いため、当初はビザが不要であると思っていました。プログラムの開始が7月の初めで、実際ビザ取得に向けて動き始めたのが6月に入ってからであったため、時間的に大変追い詰められた中での申請でした。
当然ながら、東京は既に予約が埋まっており、最初は大阪での面接を覚悟していました。しかし、一日に何回も東京の予約状況を確認するうちに、前日などに急に空きがでることを知り、根気よくチェックを続けるうちになんとか6月中の予約を確保することができました。空きがでることはちょくちょくあるので、本当に急いでいらっしゃる方はこまめに確認することをお勧めします。
次に苦労したのはDS2019の取得でした。6月の初めに留学先に依頼し、17日に届いたのですが、なんと姓と名前が逆になっており、急遽再送をお願いしました。22日に何とか入手しましたが、しばらくは精神的にまったく落ち着きませんでした。DS2019の間違いは結構あるようですので、よく確認されたほうがよいと思います。
上記のように時間がなく、かつ、朝から夜まで会社勤めをしながらの状態でしたので、書類関係及びSEVISはすべて地球の歩き方の代行センターにお願いしました。レスポンスが早く、ノウハウも蓄積されており、度々の質問にも丁寧に答えてくださったので本当に助かりました。時間のない方はこういったサービスを利用されるとよいと思います。(2005/7/1(金)23:25)
ぽんぽんその他の国の領事館-面接
Jビザ(更新)
1学会で行く用事があったため、2005年6月16日にスロバキア共和国のブラチスラバにある大使館でビザ更新(本人のみ)。当日書類を持って領事館まで出向いて面接を受けなければならい点は東京や大阪でのビザの申請と同じ。面接予約はWeb上で可。予約は、3ヶ月前から受け付けている。当日持っていった書類はパスポート, DS-156, DS-157, DS-158, 過去すべての分のDS-2019と在籍を証明するボスからの手紙。US$100を現地通貨で支払う必要があり、大使館近くのTatra Bankaで当日朝8時に行って振り込む(辛うじて英語が通じる)。予約時間は10時半だったが、8時半頃行っても問題なかった。(大使館の敷地前の路上にゲートがあり、守衛がビザ面接に来る人のリストと照合していた)その時点で20人くらい並んでいた。入館は1人ずつ指示され、持ち物検査、本人の金属探知(東京と同じ)。検査のあと、受付に行かされ、書類の不備がないかチェックされる。不備があったらその場で返され、不備がなければ番号札を渡され、違う部屋に行かされる。ちなみに米国大使館といっても公用語はスロバキア語なので、呼ばれた番号がわからないのが辛いところ。面接では、何をしているのか、どこにいるのかを聞かれただけ(ここは英語だった)。スロバキア人以外の訪問は珍しいらしく、雑談に花が咲いた。2回目に呼ばれたときに、指紋をスキャンされた。その後30分ほどでDS-2019がホチキスで留められビザスタンプの貼られたパスポートが返ってくる。8時半に大使館に行って、10時過ぎにはビザスタンプが手に入った。極めて迅速なのが魅力。(2005/6/30(木)6:21)
King_show999カナダ領事館-面接
Jビザ(更新)
12005年6月1日、オタワの大使館
での本人J−1更新、妻J-2 から、F-1へのステータスチェンジ。
受付は午前中、パスポート受け取りは同日午後3時から。

書類作成、インタビューなどは、特筆するようなことは無かったです。
所定の書類以外に用意したのは、W-2フォームと、給料の支払い明細くらいです。

キャッシャーの場所がちょっとわかりにくいかもしれません。
パスポートの受け取りは大使館入り口の警備員詰め所ですが、一部手続きが間に合わなかった分はもう一回セキュリティチェックを通って、館内に入ります。

詳しい、ビザ更新の顛末は、こちらのブログに数回に分けて書いてありますので、ご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/king_show999/e/b3b47f544a728b1aa5bdb7fcb7c2fd9d(2005/6/29(水)7:11)
はな東京-面接
Hビザ(初回)
76月16日(木)に面接、22(水)10:00に受け取りました。
9:00の予約で大使館には8:50につきました。
すでに50〜60人並んでいました。
入り口で荷物の検査を受けるまでに25分待ち。
建物の入り口前ですぐに、日本人の職員の方に予約表を一番前にして必要書類・パスポート・エックスパックをクリアファイルにはさんで渡しました。
この時点で入り口から10番目ほどでしたが列がなかなか動きませんでした。
職員の方が確認しに行った所、あまりにも人が多く面接会場で入場制限が出ていました。
それから外で1時間は待ったと思います。
中に入ってからは15分ほど待ったところで指紋の採取、それから5分ほどで面接となりました。
面接といっても駅の改札の窓口のようで殆ど形式的な感じでした。
面接では何も聞かれることはなく、終了しました。

今回、面接にこられた方で5日後に海外旅行に行く予定の方が、1週間パスポートが戻らないことに大変困られていました。

またご主人が1人で面接・家族は後日という方が料金を4人分一度に払ってしまった為に後日面接に来る3人分をまた支払わなければならない方もいました。
以前、料金を入金する際にパスポート番号を入れたほうが良いと銀行の方がおっしゃっていたという投稿がありましたが、いれなくても時間が早くなるといったことはないそうです。(日本人の職員が振り込み証明書をほかの方と差し替えようとしていましたので…)
(2005/6/23(木)22:10)
5回目のビザ東京-面接
Hビザ(初回)
6B1,J1,H1Bなど、これまでにいろいろとビザを取得しましたが、いずれも郵送でした。今回、新たにH1Bビザのために、初めて面接に行ってきました。
9時半過ぎに大使館に到着し、すでに長い列が出来ていました。大使館に入るためのチェックだけで約1時間、入館後、指紋のために呼ばれるまで約40分、そして5分で面接でした。夏休みや新学期のためでしょうか、大変混雑していました。
申請の手順は大使館のサイトに詳しく書かれているのでこれに従って、さらにこの研究留学ネットの最新の情報を参考にすれば、大きな問題はないように思います。

気づいた点は...

DS-156の回答について、onlineではN/Aと入力不能。not applicableあるいはnot availableなどと入力は可能。blankでも問題なし。

入館前のチェックで必要なものは予約のプリントアウトとパスポート。それ以外はかばんの中でOK。

ファイルを渡す時は、クリアフォルダーに予約のプリントとパスポートの最初のページを開いてはさんでいるので、自分でやっておけば時間の短縮。

入館のチェックでは電子機器のスイッチoffしてトレイにいれて預けて、もう一度金属探知機へ。子供のニンテンドーDSも「これはスイッチは切れていますよね」と聞かれました(もしかしたら、DSがどんなものかわかっていないかも)

送られてきたビザスタンプは以前のタイプと比べて、より鮮明でかっこよくなりました。

このサイトは大変参考になりました。お世話になりました。


(2005/6/23(木)20:25)
zoenarid大阪-面接
Hビザ(初回)
46月17日(金)10:30面接
6月22日(水)EXPACK 到着
10分ほど前に領事館到着。 数名の人達が領事館前で待機していた。 プリントアウトしておいた予約票、身分証明、提出書類を警備員氏に見せる。 写真の背景が薄いグレーであった為、撮り直しの可能性を指摘されるが、とにかく入館。 空港と同様の入館チェック。 腕にシールを貼る。 早速、数名の人達が待つロビーで提出書類の点検があるが、写真の背景については指摘無し(しかし、この判断はチェックする人によると思うので、十分注意)。 すぐにエレベーターで3階へ上がる。 大人・子供20名ほどの人がソファーに座って待っている。 駅の切符売り場のカウンターのような窓口の前に並ぶ。 そして、日本人スタッフに書類を受け付けて貰う。 この時、同行者などの質問あり。 提出後、椅子に座って順番が来るのを待つ。 3〜4人ずつまとめて呼ばれ、窓口の前に並ぶ。 順番になると、まず両人差指の指紋を取り、ガラス越しに米国人スタッフ(たぶん)にインタビューされる。 韓国人であろうがインド人であろうが皆さん大変流暢な日本語で会話。 私は英語で。 質問は、何の仕事か、どうやって仕事を得たか等、2,3点のみ。 この間1・2分。 1メートルほど後ろで次の人が待っているので、質問に関するプライバシーなどは全く無し。 実際、プライバシーを云々するほどの質問でも無し。 1週間後に受け取る旨を伝えられ、1階のロビーへ降りて、シールを剥がして退館。 この時は11時を少し回ったところ。(2005/6/22(水)12:54)
ケベコワカナダ領事館-面接
Jビザ(更新)
1J1ビザ更新、本人(女)のみ。
5月23日に、6月9日10時からケベックの領事館でのインタビューの予約をとりました。DS156、DS158を作成(DS157に関しては、北朝鮮etc.からの申請者は女性も必要と記載されていたので、私は作成しませんでした)。
6月8日デトロイトから飛行機でケベックに到着。入国審査でビザ更新のためと答えましたが、アポイントレターの提示は求められませんでした。(デトロイトで飛行機にのるときにI-94ははずされませんでした。US visitの手続きは行いました。)
9日当日、アポイントレターには、少なくとも9時30分までには来るようにと書いてあったため、9時20分に領事館に着きましたが、守衛さんに10時5分前に来るようにと、追い返されました。10時5分前に、再び領事館に行ったところ、他に5−6人待っていました。セキュリティチェックでは車とアパートの鍵(リモコン機能がついているから)は預かる、といわれました。
10時20分ごろに窓口に呼ばれて、パスポート(現在ののみ)、DS2019(新・旧)、DS156、DS158、PIからのレター(雇用日、現在のポジション、給料、来年日本に帰国することが記載されている)を提出し、100US$を支払いました。このとき大学のPhoto IDの提示を求められましたが、持参していなかったためあせりました。アメリカでresearch grantがあたった際の大学内のウェブサイトニュース(写真付)のコピーを提出したところ、それでOKといわれました。その記事に、私の研究内容等が書かれていたためか、2度目に窓土に呼ばれたときは、何もきかれず、ただ指紋をとって、引換券をもらって終わりました。銀行口座明細、W2などは、提出しませんでした。10時40分に領事館を出ました。午後3時に領事館へ行ったところ、再び一人ずつ中に入りセキュリティチェックを受けました。窓口で一人ずつ呼ばれ、ビザの記載内容の確認を行い、封筒に入ったDS2019を渡されました。終わったのは、3時40分でした。帰路では、デトロイトで入国審査がありました。質問は大学名、役職名をきかれたぐらいでした。古いI-94ははずされて、新しいI-94がパスポートに貼られました。
個人的な感想ですが、日本とのtieの証明は、PIからの手紙に「プログラム終了後日本に帰国する」という文章がはいっていれば、それ以外は準備しなくてもいいのではないかな?と感じました(あくまでも個人的感想です)。
(2005/6/22(水)5:57)
ぴょん東京-面接
Jビザ(初回)
76月14日(火)に東京で面接を受け、20日(月)にビザを受け取りました。面接所要時間は2時間でした。昼間は自宅を空けるので、Expacは職場宛てにしました。

面接の日は8時40分大使館到着。既に開門していたので10人ほどの列に並んだ後、鞄の中をチェックしたり金属探知器のゲートを通ったりしてすぐに中に入りました。
構内にはいると建物の外の階段に100人ほどの列。この列をクリアするのに1時間かかりました。梅雨時なので、雨が降ったら嫌だなあと思っていましたが、この階段部分は屋根があります。予約時間は関係ないらしく、来た順に並んでいました。この列に並んでいる間に、大使館職員(日本人)が書類を集めに来ました。予約画面をプリントアウトしたものも持っていきましたが、見せろとはいわれませんでした(見せていた人もいたみたいですが)。
DS156の記入の際、最後まで行かずに入力フォーム(コードのないもの)をプリントアウトしてしまった人がいて、これでは受け付けられませんといわれて呆然としていました。可哀想・・・。でも、大使館のHPには細かく指定があるので、ちゃんと読んでいれば防げたミスなのに。
 教訓1:HPの指示はちゃんと読みましょう。
それから、Expacを家族の人数分(4枚とか)用意してきてしまって、他に使い道もないのに・・・と嘆いている人もいました。
 教訓2:Expacは1家族1枚。
建物の外での列が終わると、空港のようなセキュリティチェックを経て館内へ。食べ物飲み物は各自で入り口にあるクーラーボックスへ。携帯電話、電子辞書は引き換え札を受け取って預けました。中では、100人くらいが待っていました。社会人はスーツの人もいましたが、学生ッぽい人達はTシャツにジーンズ。服装は何でも可という感じです。中に入って待つこと50分。名前を呼ばれて指紋を採取し、更に待つこと10分で面接でした。面接は英語で、研究内容について、家族について、子供の預け先について質問されました。大使館を出てきたのは10時40分位。建物の外の列&大使館構内への入り口の列は来た時と同じでした。何時に来ても待ち時間は代わらないという印象です。開門前のすごく早い時間に来れば別ですが・・・

最後に、このサイトにはいつも本当にお世話になっています。
この場を借りて感謝します。
(2005/6/21(火)9:32)
UNEYANカナダ領事館-面接
Jビザ(更新)
2 オタワのアメリカ大使館に、本日J1ビザの更新手続きに参りました。手順は他の方が記載されている通りで特別トラブルはありませんでしたし、係官の方の対応も親切でした。但し、本日6月20日からシステムが変わり、他の領事館と同じ様に翌日発行になりました。(大使館の係の人が、「他の人に、即日発行じゃなくなったと教えてあげて下さい」という貼り紙を貼って回っていました。)オタワでは即日発行ときいて、その予定で旅程をたてておりましたので、あわてております。
 オタワでのビザ取得をご予定の方、日程に余裕を持たれることをおすすめします。(2005/6/21(火)2:20)
shiroshiro東京-面接
Jビザ(初回)
36月8日(水)に東京で面接をし、J1,2ビザは11日(土)に無事自宅(札幌)に郵送されてきました。皆さんがおっしゃる通りであまり大変ではなかったというのが印象です。ただ自分なりに気になっていた点に関してご報告します。

1.小さい子供をつれていっても大丈夫。
 5歳と1歳の子供がおり連れていきたかったのですが、原則面接する本人のみ行くことになっているようだったのであきらめました。しかし会場には子供がたくさんいて心配いらなかったようです。ただあまり騒いでいる子供はいませんでした。

2.申請書類はホチキスでとめない。 
 ホチキスでとめたほうがいいという記載がこのHPにもありますが、これはとめないほうがいいようです。僕は朝早く行き2番目にならんだのですが、ホチキスを外すようにいわれこれだけで結構時間をとられました(家族4人分・・)。写真もテープでとめた方がいいです。*これはもしかすると書類チェックの担当者によって違うのかもしれませんが・・

3.申請料の振込み票(東京三菱銀行)はDS-156の3枚目にテープではる。
 これも2枚目の「質問38の左側」にホチキスでとめていたら直させされました。

4.あまりいらいらしない。
 最初は来た順に正確にならびますが、面接にいたるまでに列は結構乱れます。担当の方ももう少し工夫したほうがいいのでは?などと思ったりしましたが、受ける方としてはあまりピリピリしないで臨むのがいいように思いました。

 6月8日も軽く100人以上は来ていました。面接そのものもトラブルはほとんどみかけませんでしたが、皆様が無事スムーズにビザを取得できることをお祈りしています。(2005/6/20(月)20:09)
オーウェンカナダ領事館-面接
Jビザ(更新)
1 6月2日にモントリオールでJ1ビザの更新をしました。レジデンシーからフェローシップへの移行、フェローシップが普通より1年長いこともあり、DS2019を取得するのに難渋し、結局FedexでConsulateに送ってもらうことになりました。(モントリオールにはDS2019のファックス、その他の書類を持参)
 当日は朝5時過ぎに自宅を出発、車でモントリオールに向かう。7時40分頃領事館そばのパーキングに駐車。8時からの予約で、行ってみると5,6人入り口で待っている様子。妻もJ1ビザ、子供も一緒だったのでStrollerも持って行ったが、Strollerは中に持って入ることが許された。(ベビーズバッグも持ち込み可でした。
 面接は2回。Proof of tieを示すため、日本の銀行の明細を持って行ったが(2003年に発行してもらったものだが。。。)、提示しようとするといらないといわれました。2回目の面接で普通はDS2019にサインするようだが、その時点でDS2019が到着していなかったため、午後に受け取りに来る時にもしかしたらまた面接官と直接話をしなくてはいけないかもと言われ、とりあえず解散。
 モントリオール市内をぶらぶらし、3時に行くとビザは無事発行され、DS2019も到着していました。
 その後車で米国に帰りましたが、入国の際、いつも通り待たされたものの、無事入国できました。このデータベースの情報は非常に参考になりました。どうもありがとうございます。私の体験談も少しでも参考になれば幸いです。(2005/6/19(日)23:26)
kanainochi大阪-面接
Jビザ(初回)
313時半予約だったのですが早い者順の受付と聞いていたので12時半頃総領事館へ行きました。もう15〜20人程並んで待っておりビックリ!平日なのに結構多いんですね〜。13時頃漸く順番に中に入りました。まずは1階玄関口で空港並みの厳しい荷物とボディのチェック、簡単な書類のチェックがあり漸く面接場所の3階(4階だったかな)へ。そこでも順番待ちで最終書類のチェック。面接は窓口の一番隅で立って窓越しに行われました。1〜2分ほどの簡単なもので終了。終わったときには14時近くなってました。因みにうちは3人家族でエキスパック3枚持って行きましたが家族で1枚でいいようです。切手を貼った封筒や某会社のメール便用封書を持ってきている人もいました。私の写真は暗いところで撮ったため背景が真白くなかったですがOKでした。(2005/6/18(土)15:02)
かば星人カナダ領事館-面接
Jビザ(更新)
1申請日;2005年6月16日 種類;J-1(更新) 場所;Montreal
人数;1人(本人、男)
用意した書類;
 パスポート、DS-2019(新旧)、DS-156+写真,157,158、PIからのletter(採 用日、給料、雇用期間、終了後は日本に帰国と明記)、大学からの給料明細 とW2コピー、旧パスポートコピー、DS-2019に付属していたInternational  Officeからのcover letter.$100(現金)
実際に使用した書類;
 パスポート、DS-156,157,158、DS-2019(新)。DS-2019(旧)とW-2,給料明細
 は見せただけで返却。ほかの書類は見せず。Proof of tieも要求されず。

予約は0830だが0800に領事館に到着。待ち時間0分。殺伐とした警備を通り抜け地下のエレベーターから19Fへ。13番窓口(男子トイレの向かい側)でパスポート、DS-156,157,158を提出、$100払い番号札を受け取る(以後この番号と窓口番号が電光掲示板に表示されます)。30分ほど待ってA16窓口で第一回面接。VISAの種類、Home Tel、両親・親族の居住地、employee、同一program継続の確認をした後、SEVISをonlineで確認。DS-2019(新)のみ提出、旧は返却。第2回目面接はA18窓口。左右人差し指の指紋scan。financial statusの確認を求められ、給料明細とW2を提出。研究内容、逮捕歴、USA内の親戚の有無等聞かれた後に、VISA発給手続きを進めますといわれ、引換券を受け取り終了。ここまで入館から2時間。受け取りは同日15時。
 
 Proof of tieに関して大いに頭を悩ませましたが、結局要求されませんでした。やはり用意したほうが無難でしょうか?領事館の方々の対応はテキパキとしていて非常に親切でした。大きなバッグはだめですが文庫本くらいなら持ち込めそうです。こちらのデーターベースは大変参考になりました。投稿してくださった方々に改めてお礼申し上げます。何かのお役に立てれば幸いです。ありがとうございました。

 (2005/6/18(土)12:10)
いずみけんじ東京-面接
Jビザ(更新)
66月8日に帰国、ANAホテルに宿泊、面接は翌6月9日の私(J1)8時15分、家内(J2 )8時30分(4月18日に予約いれました)でした。
7時半に大使館前着。すでに15人の列。服装は日本人の場合男性、女性ともスーツ姿が半分くらい。外国の方はTシャツにジーンズもおられました。私はジャケットにノータイ、綿パンでした。特に浮く格好ではありません。
7時50分に屋外のゲートを警備員の荷物検査で通され、大使館脇の階段で再び並びました。8時5分に大使館員の日本人女性が登場、私と家内のクリアファイルはいっしょに回収され、X線検査器を通り8時10分館内へ。(荷物はすべてホテル(チェックアウト12時)に置いてきました。)
館内は自分の勝手な想像と違い、運転免許更新のための施設みたいでした。10の仕切りがある窓口があって、いすが並んでいるだけ。8時20分くらいからまず、指紋採取のために4,5人ずつ名前を呼ばれ始めました。すべてアメリカの方で日本語が上手いです。私たちは8時50分に若いおにいさんに呼ばれ家内と二人並んで名前を確認してもらい、指紋採取。面接は15分後くらいと言われ、また待ちます。9時5分にまた名前を呼ばれ、別の窓口へ。面接官はきれいな若い女性でした。面接は家内と二人並んで立ったままでした。質問はすべて日本語でした。同じ研究を続けますかの問いに、はいと答え、研究の内容はの問いに簡潔に日本語で答えました。IAP66とDS2019が合計4枚あったので、なんでこんなに多いのですかの問いに、延長を繰り返しましたがこの夏学会で国外に行かないといけないのでビザをもらいに来ましたと説明。あなたのビザはオッケーです、1週間かかりますといわれ、面接9時15分に終了。外にはさらに長い列ができていました。15日に実家の新潟にエクスパック到着でした。(2005/6/17(金)16:11)
ビザ・ピザ・ヒザ東京-面接
Jビザ(初回)
76月9日10時30分に予約してあったので、9時ごろに全日空ホテルに車をとめちょっと一服してから9時50分頃に大使館に行きました。警察の方が“ビザの申請ですか?”と聞いてくれるので、そのまま列に並びました。すでに長蛇の列で、歩道に約50mほどの列でした。別にちゃんとした格好をしてくる必要もなく、皆も普段着でした。約30分並んで危険物チェックをして大使館の門を入ります。ここでズボンの中のコインなど金属類はすべてまとめてかばんの中に入れたほうがよいようです。門を入って斜め右前の建物の前に更に列ができており、ここでパスポートや書類の整理をエンドレステープのラジカセに促され行い、係りの方がチェックしてそのまま預かられまとめて持っていかれます。このとき、申請写真の背景色(白と規定されています)や大きさが違うため取り直しをされている方が意外と多いように思いました。1000円もかかってしまうので、最初から気をつけていったほうがいいでしょう。建物に入るとき更に危険物チェックがあります。このとき電池を使う機械(携帯電話、CD・MDプレーヤー、コンピューター、デジカメなど)は電源を切って預けることになります。中に入ると100人ほど飛行場の待合のようなところで既に待っていました。左後ろ奥にはコップと水のみがあり、その奥にトイレもあります。30分ほど待って数ある面接窓口に呼ばれ、指紋を採取され更に15分ほど待たされました。そして面接では結局一言も質問されず、一週間後にビザが届く旨を言われ終わりました。ビザは6月14日に返送され15日に届きました。(2005/6/16(木)23:58)
東京区内在住東京-面接
Jビザ(初回)
79日(木)
 9:00 東京アメリカ大使館到着、門前でビザ申請者約50人の列に並ぶ
 10:00 門前で、日本人警備員による面接予約確認書と手荷物検査、金属探  知機による身体検査、入門後、ビル出入口前で約20人の列に並んでいる  間に、パスポート、DS156+写真+ビザ申請料振込票、DS157、DS158、    SEVIS費用領収書、DS2019(給料の記載・診療を行わないという証明書付)  を日本人職員が確認
 10:30 ビル出入口で電源切った携帯電話、ペットボトルを預け、X線検査  により手荷物検査、金属探知機による身体検査、ビル内の待合で呼出待  ち約200人
 11:00 日本人職員により呼出、指紋採取
 11:15 アメリカ人職員により呼出、面接約2分
 11:20 ビル出入口で札を提示して携帯電話返却、終了
10日(金)付発行ビザが貼付されたパスポートが、DS2019、面接予約確認書と ともに、
14日(火)夜発送
15日(水)朝到着(東京区内在住)

・面接は、渡米目的と研究分野を英語で質問されたのみであった
・面接待合は、冷房が強くストールが重宝した
・面接予約は、5月28日にアメリカからDS2019送付したとの連絡があった時点では、6月17日まで予約がふさがっていたが、予約状況をこまめにチェックして、予約キャンセルされた6月9日の面接日を6月2日に予約した
・SEVIS費用Web支払い手続きは、面接の2日前であったが問題なかった
・SEVIS費用Web支払い手続きには、Sevis Identification NumberとExchange Visitor Program Numberの2つが必要で、いずれもDS2019に記載されているものであり、DS2019が到着しないと手続きはできない
・SEVIS費用支払いが必要との案内は、DS2019とともにアメリカから送付された
・以前のパスポートは、面接当日ビル出入口前で書類チェックをした日本人職員によると、有効期限内のビザがなければ不要とのことで提出しなかった
・ビザ申請用証明写真であったが、背景が灰色様なのでビル内で再撮影を指示されるかもしれないと、ビル出入口前で日本人職員にいわれたが問題なかった
・ビザ申請先は、住民票や本籍が関西であっても、現住所が東京なら東京アメリカ大使館で申請とのことであった
(2005/6/16(木)11:16)
東京区内在住東京-面接
Jビザ(初回)
79日(木)
 9:00 東京アメリカ大使館到着、門前でビザ申請者約50人の列に並ぶ
 10:00 門前で、日本人警備員による面接予約確認書と手荷物検査、金属探  知機による身体検査、入門後、ビル出入口前で約20人の列に並んでいる  間に、パスポート、DS156+写真+ビザ申請料振込票、DS157、DS158、    SEVIS費用領収書、DS2019(給料の記載・診療を行わないという証明書付)  を日本人職員が確認
 10:30 ビル出入口で電源切った携帯電話、ペットボトルを預け、X線検査  により手荷物検査、金属探知機による身体検査、ビル内の待合で呼出待  ち約200人
 11:00 日本人職員により呼出、指紋採取
 11:15 アメリカ人職員により呼出、面接約2分
 11:20 ビル出入口で札を提示して携帯電話返却、終了
10日(金)付発行ビザが貼付されたパスポートが、DS2019、面接予約確認書と ともに、
14日(火)夜発送
15日(水)朝到着(東京区内在住)

・面接は、渡米目的と研究分野を英語で質問されたのみであった
・面接待合は、冷房が強くストールが重宝した
・面接予約は、5月28日にアメリカからDS2019送付したとの連絡があった時点では、6月17日まで予約がふさがっていたが、予約状況をこまめにチェックして、予約キャンセルされた6月9日の面接日を6月2日に予約した
・SEVIS費用Web支払い手続きは、面接の2日前であったが問題なかった
・SEVIS費用Web支払い手続きには、Sevis Identification NumberとExchange Visitor Program Numberの2つが必要で、いずれもDS2019に記載されているものであり、DS2019が到着しないと手続きはできない
・SEVIS費用支払いが必要との案内は、DS2019とともにアメリカから送付された
・以前のパスポートは、面接当日ビル出入口前で書類チェックをした日本人職員によると、有効期限内のビザがなければ不要とのことで提出しなかった
・ビザ申請用証明写真であったが、背景が灰色様なのでビル内で再撮影を指示されるかもしれないと、ビル出入口前で日本人職員にいわれたが問題なかった
・ビザ申請先は、住民票や本籍が関西であっても、現住所が東京なら東京アメリカ大使館で申請とのことであった
(2005/6/16(木)11:15)
syasuda那覇-面接
Jビザ(更新)
2DS2019延長後に帰国。Visa stampが切れていたので、更新手続きを行った。研究内容について質問されるが特に問題なく面接も終わる。

領事の方に、2-3日で届きますという回答を得たが、その通りだった。財政証明 (Bank Statement)、DS2019もクリアファイルとともに戻って来た。(2005/6/14(火)0:53)
ペットはネコカナダ領事館-面接
Jビザ(更新)
1面接日:2005年6月6日 午前9時30分
申請場所:オタワ
用意した書類:DS2019、DS156、DS157、DS158、写真(写真屋で撮ってもらいました)、申請料100ドル、収入証明(フェローシップの出所からの手紙)、ボスの手紙(研究内容・研究内容はテロと関係しないこと・雇用期間・プログラム終了後日本に帰ることの4点を書いてもらった)

予約前日に空路でオタワ入り。カナダ入国時、ビザの更新で来た旨伝えるとアポイントメントレター・DS2019の提示が求められた。
予約当日、8時過ぎに大使館に行くと「予約の15分前に来い」と追い返された。9時過ぎにあらためて行くとセキュリティーチェックの後、入館。中には既に30−40人近くが待っていた。7番窓口で申請料・DS・パスポートを渡す(申請料はクレジットカードで払っている人もいたようです)。待つこと1時間20分(10時40分になっていた)、面接に呼ばれる。収入証明とボスからの手紙を渡すと面接官はそれらを一読した後、「指をスキャンするから」と、質問なしに指紋を採取して面接終了。当日3時にパスポート・ビザ・DS2019を取りに行きました。
アメリカへの入国審査はオタワ空港でありました。手続きにかなり時間を要したので、オタワから空路で戻られる方は少し早めに空港に行かれたほうがいいのかもしれません。(2005/6/8(水)21:35)
来間那覇-面接
Hビザ(更新)
3H1とH4の最後の更新。 ま、予約もしていたので、らくらくと思ったのもつかの間、ビザ料金支払いが、これまでとは異なり、領事館の中にある支払い所はつかえず、近くの銀行から振り込んで、振込のレシートが必要とのこと。やれやれ。以前の更新の際は中学校、高校の住所を調べてと言われて、1時間位奮闘した経験もある。 とにかく、なにかあるんですね。それでも、実際の手続きは1時間以内。インタービューも30秒くらい。(2005/6/8(水)10:10)

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