アメリカのPhDコース第2弾として、今回、ダートマス大学分子生物学プログラムに在籍していた杉井重紀さん(webmaster-at-kagakusha.net (-at- を@に変えてください)にお願いして、「アメリカのPhDコース(Dartmouth編)」を執筆していただきました。
2010年6月に全面的に書き直していただきました。
アメリカのPhDコース第2弾として、今回、ダートマス大学分子生物学プログラムに在籍していた杉井重紀さん(webmaster-at-kagakusha.net (-at- を@に変えてください)にお願いして、「アメリカのPhDコース(Dartmouth編)」を執筆していただきました。
2010年6月に全面的に書き直していただきました。
アメリカの大学院はおおまかに言って、職業系大学院(プロフェッショナル・スクール)と学術系大学院(グラデュエット・スクール)とに分かれます。職業系大学院はおおまかに、経営学(ビジネススクール、いわゆるMBAと呼ばれるプログラムを提供)、法学(ロースクール、主に弁護士を養成する学校)、医学(メディカルスクール、アメリカで医者/M.D.になるには大学院のレベルから始まる)の3つが主です。学術系大学院はその名の通り、純粋に学問を追求する大学院で、アメリカには多種多様な分野が存在します。
これらの大学院の中で日本人留学生が圧倒的に多いのがビジネススクールで、日本の企業や官庁から派遣された学生が大半を占めます。ちなみにアメリカのメディカルスクールは、国内の医師過剰のあおりを受けて、海外の外国人にはほぼ門戸を閉じており、日本からアメリカのM.D.を目指すのは不可能でないにしても超難関です。学術系大学院では、文系の分野では割と多いですが、理工系の分野では日本人はまだまだ少ない印象を受けます。
大学院は日本と同様、修士(M.S.、M.A.など)課程と博士(Ph.D.)課程が存在します。基礎科学系分野の場合、多くの大学院が博士課程しか設けていないことが多いです。すなわち修士課程(博士前期課程)と博士後期課程がセットになっていると考えてください。これに対して、工学系は修士と博士課程が分かれているところが多いようです。途中でドロップアウトしたい、またはしなければならない学生に対してのみ修士号を与える例外はありますが、ふつうは大学院1年目から博士課程のプログラムが始まります。ここでは私が行っていた生物医学系の大学院Ph.D.プログラムについて述べたいと思います。なるべく一般化するように配慮しましたが、それでも私が経験したのは1997年から2003年までで、最新事情は聞いた話をもとに書いていくので、実際の状況(特に出願方法など)や個々の見聞とは多少の違いがあるかもしれないことをお断りしておきます。
・学位授与の査定が厳しい
私が思うに、アメリカは日本以上の競争社会であり、学歴社会でもあります。アメリカ社会では、競争を生き抜くために少しでもキャリアをアップさせようと、そして人よりも優れた特定の技術・才能を身につけようと、多くの人が大学院への入学を希望します。アメリカの大学は完全なサービス業であり、入学した学生が求めている十分な教育を施して学費を徴収する代わりに、その教育に見合った能力を獲得した者に対し学位を授与する、というビジネスのような仕組みです。同時に、大学の名の”名声”を高めていくのは大学にとって最重要課題の一つですが、その一つの方法としては、どれだけ優秀な人材をその大学から送りだしているか、でしょう。もし、技術も才能も身についていない者に学位を与えて世に出してしまったら、「信用」がものを言うアメリカ社会ではたちまちその大学の名前の価値が急落してしまいます。逆に将来有望な卒業生を輩出していれば、その人が成功をおさめて有名になった時に、出身大学の名もクローズアップされ、ますます優秀な人材が集まることになります。ビジネスで成功して大金持ちになった卒業生がいれば、そこから多額の寄付金を集めることもでき、まさに商売繁昌となります。このため、アメリカの大学院はかなりの時間と手間をかけて、その学生が学位を取るに値する能力を身につけているかを注意深く判定します。学生にとっては、学位収得までは逃げ出したい、また時にはこのまま死んでしまいたい、という気分になることも多々ありますが、卒業してしまえば後で考えてみて、学生時代充実した教育を受けたと、満足感に浸るようなシステムになっています。
・授業の内容
これは日本の大学出てからこちらに来ると、間違いなくカルチャーショックを受けます。後で詳しいことは述べますが、とにかく受講するひとつひとつのコースの負担が非常に大きいです。宿題・試験・レポートが鬼のようにどしどし課され、日本で言うとまるで高校時代に戻ったかの気分になります(実際は高校の時よりもしんどいかも)。先ほど述べたように、大学院は学生に充分な教育を施さなければならないという義務があります。このため教授陣の中で少しでもいい加減に講義を教える者がいようものなら、毎学期の終わりに学生に配られる授業の評価シートでぼろくそに書かれ、その教官の首は長くはつながらないかもしれません。このため、どの教官も毎回必死に準備して、内容たっぷりの授業を展開しなければならず、そのリベンジとして(?)学生を鍛え上げるために大量の宿題を課したりします。そして学期中に複数回、試験を行って学生をシビアに評価します。
・大学院に至るまでの年齢やキャリア
こちらに来て気がついたのは、様々な年齢やキャリアの人たちが大学院に来ていることです。大学院によっては、大学を卒業してすぐに大学院に入学したと言う者は少ない部類に入るかもしれません。大学をだいぶ前に卒業し、ラボのテクニシャンとして、または企業で働いた経験を持っており、そこでの研究・実務実績で大学院入学を認められたという人が多いです。どう見ても、その人の所属ラボのボスより年上に見えるクラスメートもいます。年齢による上下関係が存在しないので、そのようなことはほとんど誰も気にしません。結婚している人もかなり多いです。また、外国人では他の大学院で(自国またはアメリカで)修士号を修得し、それから転入してきた者が結構います。ただしこの場合もほぼ他の学生と同じように、博士過程1年目から始めないといけません。他にも国の事情で軍の兵隊として仕えてから来たり、実際に戦場で戦った経験を持つ者もいます。このキャリアの多様性の傾向は学術系大学院のみならず、職業系大学院の場合であるとさらに強まるということです。
・性別
アメリカの社会を象徴するかのように、女性進出が顕著です。このことは今では当たり前に思っていることですが、私がこちらに来た当初はなかなか驚きでした。生物医学系という理系の分野であっても、私の大学院プログラムの半数以上は女性でした。キャリアアップを目指す女性にとっては、環境が整っていることを示す一例だと思います。
・学費免除、経済援助
現金ではありますが、私がアメリカの大学院のシステムの中で、一番感動したのがこれですし、実際留学した人たちが一番良かったと思っている制度です(kagakusha.net 調べ)。これがなければ私にとって大学院留学は考えられなかったでしょう。生物医学系に限っていうと、「学費免除・生活費支給」は、まともな学校だったら、ほとんど全ての大学院生が受けられる特典です。このことが経済的にあまり恵まれていない国からの出願者がアメリカの大学院に殺到する一因にもなっています。私のプログラムの場合、1年目と2年目は「TA(ティーチング・アシスタント)」という名目で学部が、3年目以降は「RA(リサーチ・アシスタント)」として所属研究室のボスが、学費や生活費支出を負担することになっており、すべての学生がサポートを受けられます。額は決して多くはないですが、普通に独身で生活していれば、ちゃんと暮らせるほどはもらえます。中にはそれだけに頼って奥さん・子供、そして自国から呼び寄せている親を養っている中国人もいました(私には信じ難かったですが..)。この制度は優れたシステムではありますが、ひとつ問題点があります。それは、学部がサポートする資金の出所はアメリカの国にあり、外国人に対しては使えないことになっています。そのため外国人を養うためには学部独自の財政からまかなわないといけません。このことが多くの生物系大学院プログラムが外国人の枠をかなり制限している要因になっています。このため、アメリカ人に比べるとはるかに入試の成績が良くないと入学を認められません。自腹を切ってもいいとか、奨学金を自国から持ってくるとから、入学させてくれという場合でも、少しは入学基準が下がるかもしれませんが、基本的には同じ選抜方法にかけられます。
大学院によって多少の違いはありますが、ほとんどの学校で要求するのが、GRE(大学院統一テスト)、GPA(大学の成績)、エッセイ、推薦状(3ー4通)、そして多くの場合面接です。出願締め切り時期は学校によってまちまちですが、およそ12月から2月にかけてです(新入学期はだいたい9月)。私は大学4年の時にアメリカの大学院へ行く決意をしましたが(遅かった..)、実際にどのように対策を練ったらいいのかまったく分からず、結局アメリカに渡り、1年間カリフォルニア大学バークレー校の聴講生(non-degree student)として学びながら、大学院の出願準備をしました。
また外国人に対してはTOEFL(英語のテスト)を要求します。選抜するにあたっては先程述べた理由で、アメリカ国籍の学生をまず最優先して取り、残りの枠に外国人を割り当てます。このため学校によっては、20人ほどの入学枠の中で外国人が全くいない、または1、2人程度のところも多いようです。そのため入学申請前には、あらかじめ外国人をどの程度受け入れているか、調べた方が良いでしょう。外国人を多く取ってるプログラムでも、アメリカ人よりは狭き門であることには変わらず、中国やインドから100人単位で出願があるのが普通だそうです。中国人などはテストの点数がべらぼうに高い出願者が多く、毎年選抜に頭を悩ますといいます。それはそのはず、中国には大学の授業からすでにアメリカの大学院入学対策のコースが設けられていて、早くから学生はアメリカ大学院を目指して、入学テストの準備しているからです。私の場合は日本人であったから、中国人と同じふるいにかけられずに済んだでしょうが、学校によってもし日本人と中国人の違いが分からない審査委員会に当たろうものなら...
また、後から知ったことですが、行きたい研究室が決まっていて強力なコネがある場合、他の合格者よりも低い基準で合格することができるようです。この場合は「強力な推薦書」がものを言います。
・GRE (Graduate Record Examination)
ETS (Educational Testing Service)が主催するテストで、学術系大学院に入学するにあたって、ほとんどの大学院で要求されます。General Test(一般テスト)とSubject Test(科目別・専門テスト)に分かれます。General Testは必須であり、Verbal(国語=もちろん英語)、Quantitative(数学)、Analytical Writing(分析能力を試す作文)の3つのセクションに分かれます。Subject Testは多くの大学院で必須または推奨とされ、生物医学系の場合、Biology, Biochemistry, Chemistryの中から1科目選択します。年に数回受けられますが、受けたすべての点数が報告されるので、やみくもには受験しない方がいいでしょう。なおGeneral Testは、コンピュータで受ける形式となっていますが、Subject Testはペーパー(マーク方式)です。
一般テスト・・・Verbalのセクション(800点満点)は今考えてみても、こちらに留学していてもなかなかお目にかからない程の難解な文章や単語が続出し、まるでラテン語でも勉強しているような気分になります。ただし外国人の場合はTOEFLの点数が高ければ少しくらいVerbalセクション(800点満点)の点が悪くても目をつぶってもらえるようです。しかし中国人の出願者はこのセクションでさえアメリカ人の平均より高いと言います。おそるべし中国人。これとは対照的にQuantitativeのセクションはうって変わって、日本人でも理系学生にとっては算数のようであり、楽勝です。とはいえ、ちゃんと英語の数学用語や言い回しを覚えておかねばなりません。Analytical Writingセクション(0−6点)は、英作文を通して、論理的思考力が試されるセクションですが、大学院によって重視されない場合もあります。日本人の場合、Verbal400点、Quantitative800点、合計1200点以上を目指すべきでしょう。
科目別テスト・・・Subject testの方については点数でも表されますが、最も意味をなすのはその科目内でのランク(下から何%かで表示される)です。ここでも入学してくる中国人はどんなに悪くても95%、多くは98、9%という気の遠くなるような高得点を取っています。GREのVerbalやTOEFLの点数がいま一歩なときに、できるだけ高得点を取ってアピールしておきたいテストです 。
・TOEFL (Test Of English as a Foreign Language)
ご存知の方も多いと思いますが、アメリカ留学には欠かせない英語テストです。非英語圏の国の出願者はみな受けないといけません。GREと同じく、ETSが実施しています。iBT (Internet-based Test)が導入され、リスニング・ライティング・リーディング・スピーキングの4つのセクションに分かれます。各セクション30点満点で、最高点は120点、大学院入学に最低必要な点数は80点と言われています。TOEFLの日本の受験者の平均点は毎年、アジアの国々の中で最下位付近をさまよっているという統計もあり、日本人にとってはなかなかの関門であることに間違いありません。
・大学の成績 (GPA = Grade Point Average)
テストの点数が高ければ入学できるかと言えばそうではないところがアメリカの入試制度の特徴です。一つには大学での成績が大きくものを言います。いわゆるGPAというもので、これは大学で取った授業の成績がA(優)= 4、B(良)= 3、C(可)=2、F(不可)= 0 として加算したものの平均で表します。またA-(3.7)、B+(3.3)などという評価も良く使われます。GPAは大学院進学だけでなく、大学卒業後の就職にも大いに影響するので、アメリカの大学生は少しでもいい成績を取ろうと必死です。大学院進学の場合、まともな大学だったらGPAが最低 3.0 であることと決められていて、それ以上でないと、考慮にも入れてくれないことが多いです。ちなみに一般的にアメリカの大学の授業で最高のAをとれるのは、クラス人数の10%程であったりするのでかなり厳しい、と思いました。早くからアメリカの大学院を目指しているのであれば、大学でなるべくいい成績を取るべきでしょう。ただし、日本の大学での成績が信用できないと分かっている大学院も増えているという話も聞きますが..。
・エッセイ (Statement of purpose)
自分のバックグラウンド、何故そこの大学院で学びたいか、研究したい内容や所属したいラボ、将来の展望などを綴ったエッセイを書きます。アメリカならではあるが、場合によってはとても重要視されます。大学院出願法の本などに文例などが載っていますが、丸写しで書くのは厳禁です。コツとしては、自分の個性を強調できるような事実・興味を記し、少し大げさなほどに自分をアピールして、審査員に印象に残らせる文章を作るよう心掛けます。文法や言い回しのチェックなどはできればプロに頼んでしてもらった方がいいでしょう。レターサイズ2、3枚そこそこの量ですが、完成するのにたっぷり時間をかけるべきなのは言うまでもありません。
・推薦書3、4通 (Letter of Recommendation)
これも日本人にとってはやっかいです。自分をよく知っていて、なるべく地位の高い人を選ぶのが常識とされます。が、日本で英文で快く書いてくれる人がそう見つかるわけもないので、自分で中身を書いたあとそれを見せてサインをもらうケースが多く見られます。しかしベストは自ら書いてくれる教授を見つけることなので、早くから留学を考えている人は、そういった教授の研究室を選んだり、共同研究を申し込むなどするのが良いでしょう。自分で推薦書を書く方法については、出版されている本の文例集が大いに役に立ちます。
・面接 (interview)
ほとんどの大学院が、面接を2日程度にわたり実施します。これは「インタビュー・ウィークエンド」などと呼ばれ、もちろん選抜の手段としてではありますが、優秀な志願者を確保するために、大学院のプログラムを売り込むための一面も持っています。個々の面接以外に研究セミナー、プログラム紹介、食事会、アウトドアアクティビティ、パーティなども開かれます。通常アメリカ国内在住の出願者対象で、学校に来てもらう旅行・滞在の費用はすべて学校が持ちます。このため本当に取りたいと思っている出願者しか呼びません。しかし、その名の通り教授と何人も面談するわけで人物を見られるし、面接の後、在学生にも出願者の印象などの意見を聞くので、油断は禁物です。面談を行う予定の教授たちの研究内容をあらかじめよく把握しておく、自分を売り込むためのアピール文句を考えておくなど、準備を真剣に行うべきでしょう。なお、当時の私のプログラムは中国からの出願者に対して、少しでも”真に”優秀な人材を確保するために、中国でもっとも権威あると言われる上海の研究所の所長に面接を依託していました。また、これらの面接の方式の他に、直接出願者に電話をかけると言う、「電話面接」なるものを実施する学校も多いです。外国人の場合はわざわざ呼び出すよりもこちらの方が金がかからず、また英語のコミュニケーション能力が直接調べられるので、よく使われます。私も、当初はより希望していた大学院に2度の電話面接を受けましたが、実際に面接に呼んでくれて、そのときに接したプログラムの雰囲気・ラボの研究内容に惹かれたことで、ダートマスの大学院を選ぶことにしました。
1.1年目
・コースワーク
これが大学院に入ってすぐの最初の大関門です。皆かなり必死に勉強します。というのも、成績が悪ければ学校を退学になるからです。具体的に言えば、「不可(Failure)」や「 条件付き可(Low Pass)」を2つないし3つ取ると自動的にプログラムを去らないといけません。私のクラスメートははじめ24人いましたが、1年目で5人ドロップアウトが出て、このうち3人が成績不良で放校になったと聞きました。逆に私の一つ下のクラスは19人中1人もドロップアウトが出ていなかったので(優秀な学年?)、平均的にどのくらい方向になるかは断言できません。
大学院の授業の種類は主にIntroductory course(基礎的なコース)とAdvanced course(より専門的なクラス)に分かれます。
Introductory courseは全員が必修のクラスで、教科書に載ってるような分子生物学の基本的な知識を一通り網羅するようになっています。大学で学習したのがだいぶ前だったという学生や、大学での専攻分野の違う学生のための配慮でしょう。ただし、基礎とは言え、1学期に3回ある試験は基本的知識をもとに考えさせるような応用問題が多く、大学で専攻した分野の学生にとっても楽とは言えません。また、試験の成績をもとに学期毎にランキングがつけられ、中にはこれで学生の良し悪しを決める教授もいるので注意が必要です。
Advanced courseは大学院ならではの授業です。授業によって形式は違いますが、毎回決められたトピックに関連するペーパーをいくつか読んできて、それについてディスカッションするという授業が一般的です。日本人にとってはほとんど経験のないタイプの授業です。授業中は積極的に発言することを求められ、定期的にレポートを提出したり、毎回自分の批評を加えたペーパーの要約を書いたり、最後の試験としてグラント出願と同じ要領でプロポーザルを書かされるなどして、これらが成績の評価の対象となります。
この他にも、ダートマス大学院の場合、分子生物学に少しでも関連していればメディカル・クラス(医学生が受けている授業)も受講することが可能でした。私も3年次に神経医学概論のコースを取り、覚えねばならない膨大な量の用語や病気の知識と格闘し、医学生達とまじって解剖などもやったりして、とても貴重な経験をすることができました。
・ローテーション制度
こちらの優れた制度のひとつであると思ったのが、このシステムです。ただし、全ての大学院でこの制度があるわけではありません。ローテーションでは、1学期に一つずつ計3カ所(人によっては4カ所)希望するラボをまわり、簡単な研究テーマを与えられながらラボの雰囲気、ボスの人間性、研究テーマの自分にとっての適性を実体験できます。また教授にとってもその学生の働きや資質を評価する良い機会です。1年目の終わりに、学生は希望するラボの教授との話し合いにより、所属ラボを決定します。
2.2年目
・ティーチングアシスタント(TA)
大学院生は給料をもらう代わりにTAとして働いて、大学の授業の手伝いをすることになっています。たいていの大学院では最低2学期教える規定になっていることが多いです(ダートマスの場合は1学期のみ)。給料を出す名目としてだけでなく、院生の教育の意味もこもっています。内容は、大学生の授業に付属している実験のセクションを教えるか、ディスカッションのセクションを受け持つかの2つに分かれ、この他にテスト・宿題の採点などもしないといけません。私は大学1・2年生向けの細胞生物学の授業(受講学生150人くらい)の実験セクションのうち、3つ(各15ー20人)を受け持ち、実験前の簡単な講義・デモンストレーション、実験の指導などを行いました。その週の月曜日にクラスのスタッフ、教官、TAが集まってどのような指導をするか話し合いますが、あとはプリントや小テストを作ったりして自分なりに工夫を加えました。
・学位資格適性試験(Qualifying exam)
2年目の最大の関門がクオリファイ試験です。これも大学院によって時期や方式がまちまちですが、私のプログラムに関していうと、自分自身の研究テーマとは別のトピックを選び、グラント申請と同じフォーマットでプロポーザルを書いてコミッティに提出します。それが承認されたら、今度は自分で選んだ3人の教授陣の前で口頭試験(OralまたはDefense試験と言う、およそ2時間)を受けます。主にプロポーザルの内容を中心に試験されますが、専攻分野の基本的事項をすべて熟知しているかもテストされます。合格したら正式に博士過程に上がることができますが、不合格の場合は修士号は取れるがその先は進めません。私のクラスメートはこれでさらに2人、減りました。
3.3年目以降
・研究
まぎれもなくこれが博士課程の最大のアクティビティです。2年目から所属したラボで研究テーマを与えられ(または自分で提案し)、ほとんどのコースワークや試験が終わる3年目以降は、比較的集中して研究を行えます。卒業のための明確な規定はありませんが、一般に、ファーストオーサーの論文を一流誌に複数パブリッシュすることが期待されます。卒業までに全部で5年から6年かかるのがうちの平均でした。
・ディフェンス試験
ちゃんとしたペーパーが3つくらい出るような研究データが集まってきたら、いよいよ最終関門、ディフェンスに挑みます。まずは、皆の前で研究セミナーをします。これは毎年やってきたことなので難しくはないでしょう。最後の関門は、教授陣(Thesis committee)を前にした口頭試問(Thesis Defense)です。Thesisコミッティの一人は他の大学またはプログラムから連れてくることが私の大学院では必須となっていました。そして、質問攻撃に耐え、博士になるに相応しいと認められれば、晴れて「Ph.D.」の称号をもらいます。
4.通年、その他
・Research In Progress (RIP) セミナー
私のプログラムの院生は2年目以降、1年に一回自分の研究の進行を皆の前で発表しなければなりませんでした。プログラム中の学生・研究員・教授達が集まり結構な人数の前での発表なので、みな準備に時間をかけ緊張の面持ちです。また院生はみな、Advisory committeeと称して、自分の働きをモニターする教授3人を選んでいます。RIPセミナーの後、このコミッティとミーティングを行い、働きが悪いとかなりしぼられるようです。
・ジャーナルクラブ
夏を除く毎学期、ジャーナルクラブに参加しなければなりません。これは各トピックごとに分かれて週1回集まり、飲み食いしながら、発表者(1年に1、2回順番がまわってくる)が選んだペーパーを読んで、それについてディスカッションすると言うものです。私のプログラムのジャーナルクラブは、Cell biology, Immunology, Molecular pathogenesis, Ecology & evolution, Development, Genes & gene products, Plant biology, Medical scienceの8つのセクションがありました。また、私のラボが所属する生化学学科では、ポスドクの人たちのための”ポスドクセミナー”といって、こちらは自分の研究結果を発表するものが行われていました。出されるピザを狙って(?)学生もちゃっかり参加していました(私もですが)。日本人ポスドクの人たちは準備など辛そうでしたが、後になってみると「良い経験だった」と口をそろえて言っていました。
・リトリート
毎年新入生の歓迎の意味も込めて、秋にプログラム中の教授・ポスドク研究員・学生たちがリゾートホテルで1泊して開催されるのがリトリート(Retreat)です。口頭・ポスター発表が中心ですが、お互いのラボの交流を主な目的としているので、アウトドアアクティビティ、パーティなど盛り沢山であります。
・セミナー、シンポジウム
アメリカにいることの良い点は、生で最先端の研究を行っている研究者の発表を聞く機会が多いと言うことです。ダートマスは田舎なので、さすがに(車で南2時間に位置する)ボストン周辺の大学のようにはいきませんが、それでも頻繁にセミナーが開かれ、著名な人の話も聞けました。また年に一回、プログラム主催のシンポジウムも開かれ、ある特定のテーマのもとで、一線級の研究者を集めています。
・イベント
最後に、いつも勉強・研究ばかりに追われていたらパンクしてしまうので、院生のためのイベント・パーティも比較的頻繁に開かれます。毎週金曜日の夕方は、スナックやドリンク(ソフト&アルコール)をつまみながら談笑するTGIF(Thank God It's Friday)があります。大学全体の院生を対象としたバーベキューやアウトドアアクティビティ、ダンスパーティなども不定期に開かれます。近郊の見どころ(モントリオール、ニューヨーク、遊園地など)へ遊びに行くバス旅行もありました。
・大学院選びについて
行きたい大学院を選ぶ際に、どうしても気になるのがUS News & Reportなどによる大学院のランキングかもしれません。もし貴方が大学学部のプログラム(Undergraduate program)やビジネススクールのMBAプログラムを目指す場合は、比較的ランキングが重要になるかもしれません。というのもこれらのプログラムでは、就職の際、どこの大学を卒業したかで人物評価される割合が高いからです。これらのランキングで私立大学が上位を独占するのも、私立はランキングを常に意識して教育システムが組まれ、改革されるからです(我が大学もしかり)。
これに対して、学術系大学院の場合はそれほどランキングは意味をなさないような気がします。これらの大学院卒業生では「どこを出たか」と言うよりは、「何を研究したか」というのが一番の評価基準とされます。巷のランキングは分野別に分かれて評価されているとは言え、自分のしたい研究の特定のテーマによっては、トップとされる学校は全くダメで、ずっと下にランクされているところが一番だったりします。またUS Newsのランキングなどは客観的な数値の評価によって多くを決めているので、実際の大学院生にとってのプログラムの満足度などは分からない場合が多いです。あまりランキングに踊らされずに、自分のしたい研究のラボをある程度はっきりと特定し、そこの大学のプログラムの雰囲気、環境などは早くから直接目に触れる機会を持てば、入学してから後悔しない大学院生活が送れると思います。
・アメリカで大学院生活を送ることの欠点
私自身、必ずしも誰にでも留学をすすめようとは思いません。日本にいる代わりに留学することによって失うものもいろいろあるからです。まず現実的なものとして、「コネ」。これはもし将来日本の大学のポストに就くことを目指すのであれば、日本で院生やって一生懸命働いたほうがずっと近道かもしれません。また、アメリカ流のやり方に馴染んでしまうと、日本固有のシステムにもはや適応できなくなってしまうという笑えない話があります。例えば多くのアメリカ人のように、授業を受けている時は夜寝るのも惜しんで勉学に励んでいたのに、いざ研究生活が始まると9時-5時の生活になってしまうという問題もあります。いい意味での「勤勉の精神」は保つ努力が必要でしょう。
またアメリカで本当に研究だけをしたいという方には、絶対に大学院留学は向いていません。ここまで述べてきたように、初めの2年間はまったく研究に専念する余裕はないし、徐々に専念できる時間が持てるようになるとは言え、アメリカは個人主義の世界です。日本の研究室のように、先輩がつきっきりで一から実験の仕方を教えてくれるわけではありません。たいてい、自分でやりたい実験を熟知している人を見つけて助言をあおぎ、あとは自力でプロトコールとにらめっこしながら、やって行かねばなりません。研究で成功するためには自分からどんどん人に話しかけていく積極性が必要です。アメリカでの研究経験を積みたいのが第一目的であるのなら、日本で実験技術を一通り身につけ博士号を取ってから、ポスドクとしてアメリカに来るのが最良の選択である気がします。
このような欠点を自覚してなお、留学をする意欲に燃えた人には、大学院留学を大いに薦めたいと思います。特に、英語で発表をする能力や、ペーパーをクリティカルに読む能力を養成する訓練などは、日本ではなかなか得られない貴重なものです。また、研究者としての素質があるにも関わらず、日本ではまだまだ平等なチャンスを与えられているとは言えない、社会人や女性にとっては、アメリカの大学院は適したところでしょう。
2000年にメーリングリストとして発足したカガクシャ・ネット(http://kagakusha.net/)では、多くの留学を目指す人、現役の留学生・卒業生が参加しています。本気で留学を成功させたい、そういった人たちの参加をつねに歓迎しています。また、留学に少しでも興味のある方は、アルク社から出版した「理系大学院留学:アメリカで実現する研究者への道」( http://kagakusha.net/alc/)を読むことをおススメします。
●ピーターソンズガイド (http://www.petersons.com/graduate/data.html)
アメリカに存在するほぼ全ての大学院プログラムのデータが集められています。Graduate Schoolsのメニューを選択。各大学院プログラムへのリンクも張られています。
●PhDs.Org (http://www.phds.org/)
大学院生向けの情報が満載。大学院選びのコツなども紹介していて役に立つでしょう。
●Educational Testing Service - ETS (http://www.ets.org/)
アメリカ大学院留学にほぼ必須の、TOEFL や GRE等のテストを実施している団体。
●カガクシャ・ネット (http://www.kagakusha.net/)
2000年にメーリングリストとして発足した、大学院留学を目指す人と経験者のオンラインの集い。メールマガジン発行、留学イベントやオフ会開催、本の出版などを手がけています。
●日米教育委員会 (http://www.fulbright.jp/)
日米政府出資による教育交流プログラム。公式な米国留学情報を提供し、各種留学セミナーも頻繁に催されています。
●筆者のページ (http://shigeki.org/)
もう古くなってしまいましたが、私自身の体験を中心に、大学院生活も紹介しました。常時、ご意見・ご感想をお待ちしております。
●2010年6月9日:全面改訂
●2000年10月24日:新規掲載