『研究者のための思考法』書評
「医学のあゆみ」誌2014年8月16日号に、『研究者のための思考法』の書評を書かせていただきました。許可を得て、こちらに転載します。
現代の日本は、競争原理の前提となる3つの要素(情報開示、人材の流動性維持、セイフティネットの確保)が揃わないうちに、競争原理が導入されてしまい、ともすれば、未来に希望を感じられない世の中になってしまっている。特に、研究者の場合、ポストが限られている中で、ポスドク1万人計画が実行され、常に時限付きの不安定な短期間の職を綱渡りしなければいけない様な状況になっている。
そういった時代の中で研究者が、どのようにキャリアを構築していけばよいのか、大きく社会状況が変わらない中、研究者が幸福で充実した人生を送るためにはどうしたらよいのか、島岡先生は本書で、心理学的、社会学的なアプローチで、アドバイスを送って下さっている。
島岡先生は前書『研究者の仕事術』(羊土社刊)では、膨大なビジネス書を読み込んで、研究者というビジネスの中でいかにキャリアを積むかを指南して下さった。今回は、膨大な心理学、社会学の書籍、文献をお読みになって、エビデンスに基づく、研究者の生き方を指南して下さっている。
本書で取り上げられている10のヒントの中でも、私の胸に響いたのは、第1章の「好きなことをする天職に出会えなくても、仕事は充実する」と第6章の「研究者のあたらしい働き方–スラッシュのあるキャリア」であった。第1章では、天職の取り扱い方と天職を巡る自分探しの旅を止める方法について述べている。この中で、天職は自分で探すものではなく、まさに天から神様が与えてくれるものであり、受け身でいるべきであると説く。第6章では、1つの専門性にしがみつかずに、Serial Masteryであるべきと説いている。本文を少し引用させていただく。
現代では第1の専門性を身につけ仕事をしていく中で、次の第2の専門性を身につけることが必要になってきます。グラットン教授は専門性を身につけることをMasteryと呼び、第2,第3の専門性を次々と身につけることをSerial Masteryと呼んでいます。Serial Masteryが近未来をしなやかに生き抜くための鍵となるのです。
(中略)
第2のMasteryで仕事を始めたとき、第1のMasteryに関連した仕事を完全にやめてしまわなければ、2つの専門性を1人の人が持つことによる新たな希少性や、2つの専門性の相乗効果による高い付加価値が生み出されることもしばしば起こるでしょう。複数の肩書きを持つと言うこと、たとえば、「医師/コンサルタント」や「研究者/教育者/社会起業家」などを私は“スラッシュのある人生”とよんでいます。これはグラットン教授の言う、Serial Masteryに親和性の高いキャリアモデルだと考えられます。
研究のテーマどころか、キャリアもころころ変わって、自分でも節操なさ過ぎることが悩みであった私に響く、力強い言葉だった。