本の紹介「君たちに伝えたい3つのこと」
少し、余裕が出てきたので、1週間に本を1冊読んで、ここで紹介できるようにしたいと思います。
まずは、「君たちに伝えたい3つのこと」(中山 敬一、ダイヤモンド社)が話題になっていると聞いてさっそく買って読んでみました。
本の帯には、こんな風に書いてあります。
「内容が過激すぎる」と専門雑誌の掲載がボツになり、ネットで話題となった「仕事と人生について享受からのメッセージ幻の原稿」完全版書籍化。
あぁ、あれですね。九州大学の中山教授と言えば、ご自身のウェブサイトに「教授からのメッセージ」として、かなり強烈な文章を掲載されており、以前に、こちらのブログでも紹介させていただきました。その文章を、実験医学で連載するはずだったけど、ボツになり、ダイヤモンド社で単行本としてまとめられたようです。
本のタイトル「君たちに伝えたい3つのこと」とある、「3つのこと」とは何か?
私がお伝えしたいのは、次の3つです。
1. 人生には「目標」と「戦略」が必要で、それは理性的に自分で決められる。
2.誰かのためでなく、自分のために生きよ。結果としてそれが人の役に立つ。
3.まずはルーチンワーカーではなく、クリエイターを目指すべき
とあります。
第4章から第6章が、単行本としてまとめるにあたって追記された部分だと思います。こちらは、やや辛口ではあるものの、まっとうなことが書かれています。気になったのは、「女性研究者にとっては、結婚は△、出産は×」くらい。
第1章から第3章にあたる部分は、オリジナルの「教授からのメッセージ」を元に、ふくらませて書いた部分だと思いますが、この部分は、読み進むにつれ、違和感を感じました。
オリジナルの「教授からのメッセージ」に書かれていたのは、「基礎研究に進みたいけど、臨床を少しやってみたいという人に、それは時間の無駄だから、一刻も早く基礎研究をスタートしなさい」というものでした。確かに、基礎医学研究で世界トップになりたいのであれば、医学部卒業後、すみやかに基礎医学研究をスタートさせた方が良いでしょう。しかし、本書は、医学部の卒業生が一人でも多く基礎医学研究に進んでもらいたいがために、医学部卒業生のキャリアパスを、ゆがめて描写しているように感じました。
「臨床医=ルーチンワーカー、研究者=クリエーター」である。
医学部を卒業すると、典型的な「ルーチンワーカー」である臨床医と、典型的な「クリエイター」である研究者という正反対の道が待っているのです。
理系のトップクラスの頭脳を大量に抱え込んでいる医学部では、学生の多くがクリエイターの道を歩んで欲しいと願っています。
しかしながら次に述べるように、現状では全国の神童たちを集めておきながら、そのほとんどをルーチンワーカーに仕立て上げている点、医学部の問題は非常に根が深いと言わざるを得ないでしょう。
医学部を卒業したら、臨床を経験せずに基礎医学研究に打ち込む研究医と、マニュアルに沿ってルーチンワークをおこなう臨床医しか進む道はない。本当にそうなのでしょうか?
臨床の現場で見つかる生体の謎、病気の謎に迫るには、知的興味を持った臨床の現場に立つ、臨床医の関与が必須です。ガイドラインやマニュアルさえあれば、医療は出来るものというわけではありません。ルーチンワークのように医療を提供する人もいるかもしれませんが、自分の知的な興味を満足させながら、診断・治療方法の開発をおこなっている臨床医もたくさんいます。つまり、臨床医といえどクリエイティブ度は様々であり、多様な人材がいて、医療の世界も、医学研究の世界も支えられているのだと思います。
さらに、私の感じた違和感の根源は、この本を文系の方やビジネスパーソンの方にも読んでもらうために、「研究者」を「クリエーター」と言い換えたことにあります。医学部卒業生のキャリアパスとしての「研究者」の位置づけは、一般社会の「クリエーター」と一緒なのでしょうか?
クリエーターとは、具体的には何なのか?著者の定義によれば「個を主張すること自体で日々の糧を稼いでいるプロ」とあります。例としてあげているのは、芸術家、プロスポーツ選手です。
著者は、「すべての職業は、ルーチンワーカーとクリエイターの2種類に大別される。」としていますが、クリエイティブ度は種々の度合いがあり、クリエーターとルーチンワーカーは、その両極端にあり、職業はルーチンワーカーとクリエイターの2つに分けられるようなものではないと思います。著者の論法によれば、一般社会人も、「個を主張すること自体で日々の糧を稼いでいるプロ」を目指せ、ということになるのでしょうが、実社会にそぐわない意見のように思います。
私としては、おすすめしたい本というわけではありませんが、「教授からのメッセージ」を読んで、興味をもたれた方は、どうぞ。