医家向け電脳道具箱その六「インパクトファクターを正しく理解する」
ちょっと、時間があきましたが、医家向け電脳道具箱第六回分を掲載します。
近年、インパクトファクター(IF)の過熱感がある。それはジャーナル編集者、研究機関、研究者においてもである。しかし、2005年にトムソンサイエンティフィック社が実施した「IFのことをどのくらい知っているか」というアンケートでは、IFの計算方法を知らない人が43-60%、IFのデータソースを知らない人が45-60%いた1)。IFという数字が一人歩きしている状態であり、その中で、IFの明らかな誤用、拡大解釈も見られる。本コラムでは、IFを正しく理解するとともに、IFの限界について考えてみたい。
■そもそもIFとは?
論文の被引用回数(他の論文に引用された回数)は、その論文が該当分野に与えた影響度やインパクトをはかる指標として使うことが出来る。Eugene Garfield博士は論文の引用情報に注目し、Institute of Scientific Information社(現トムソンサイエンティフィック社)を創設し、引用索引データベースであるScience Citation Index(SCI)に文献の引用情報を蓄積してきた。IFは、その引用索引データベースの情報を元に、「ある雑誌に過去2年間に掲載された論文の被引用回数の平均値」を計算したものである。その値が大きい方が、より引用されやすく注目度の高い論文を多く掲載していると考えられる。具体的には、2005年のIFは次の計算式で算出される。
2005年のIF=(2003年と2004年に掲載された論文が2005年に引用された総被引用回数)/(2003年と2004年に掲載された論文総数)
たとえば、Journal of American Society of Nephrologyという雑誌は、2003年に401編、2004年に363編の論文を掲載しているが、2005年にそれらの論文が、3175回と2356回引用された。したがって、
2005年のIF=(3175+2365)/(401+363)=7.240
ということになる。IFの計算式を見てわかるように、IFは2年間という短期間のあいだに引用された回数で計算しているので、すばやく影響力を与えるような雑誌の方が値が高くなる傾向があり、長年にわたって少しずつ引用されるような雑誌は相対的に値が低くなる。
■IFはどうやって知ることができるのか?
トムソンサイエンティフィック社が長年にわたって蓄積してきた文献引用情報は、現在Web of Scienceとして提供されている。Web of Scienceに蓄積された引用情報をもとに、年に一度、雑誌単位のデータとして抽出、再計算したものがJournal Citation Reports(JCR)である。したがって、各雑誌のIFを見るためには、JCRを閲覧する必要がある。JCRは有料で、CD-ROM版またはWebでの閲覧権という形で販売されている。したがって、IFを知りたい場合は、所属機関がJCRを購入しているか尋ね、JCRへのアクセス方法を教えてもらうと言うことになる。
実際にJCRで、Journal of American Society of Nephrologyのレポートを見たのが図1である。IFはあるジャーナルの引用指標に関するひとつの指標に過ぎない。JCRでは、IFとともに、Immediacy Index、Cited Half-Lifeが引用指標の3基本指標と考えられている。IFは、先ほど述べたように、直近2年間に掲載された論文の平均被引用回数である。Immediacy Indexは、最新1カ年のIFであり、この値の大きい雑誌はニュース性が高い雑誌ということになる。Cited Half-Lifeは、ある雑誌が引用されている文献の半減期であり、大きいほど長く引用される論文が多いということを意味する。さらに、JCRではグラフ化された被引用の年ごとの推移などを見ることが出来る。
また、JCRでは、特定の雑誌の引用情報やIFを見るだけでなく、カテゴリーごとにIFの一覧を見ることが出来る。たとえば、私の研究分野の「Urology&Nephrology」というカテゴリーを選ぶと、51のジャーナルの一覧が現われる。これをIFの高い順にソートすることによって、各雑誌のその領域におけるIFによるランクを知ることが出来る(図2)。
■IFの限界
インパクファクターに対する最大の誤解は、IFがその雑誌の絶対的な評価と考えられてしまうことである。ここでは、IFの限界について考えてみたい。「IFが雑誌の評価として問題がある」と批判する人が指摘するのは
(1)学問領域によってIFが異なる
(2)原著より総説の方がIFが高くなる
(3)Self Citeの問題
(4)分子/分母問題
などの点である。これらの点について考えてみる。
■学問領域によってIFが異なる
平均IFの絶対値は学問領域によって著しく異なることが知られている。表1は2005年のJCR Science Editionから内科関連の学問領域のカテゴリーを抽出して比較したものであるが、Gerontologyは2.471に比べるとHematologyは5.111とかなり高い。これは学問領域の活発さやレベルの高さだけではなく、分野によって学術文献の引用頻度や慣習が異なっていることによる。したがって、異なる主題領域の雑誌のIFを比べることは意味がないと考えられている。逆に言えば、同じ領域の研究であれば、IFを用いた比較は可能で有効である。したがって、ある領域でどのジャーナルに論文を投稿するか、といった指標としてはIFは有効であると言える。
表1. 内科関連の学問領域別IFの平均値(出典JCR Science Edition 2005)
Category | Aggregate Impact Factor |
HEMATOLOGY | 5.111 |
MEDICINE, GENERAL & INTERNAL | 4.35 |
RHEUMATOLOGY | 3.93 |
ENDOCRINOLOGY & METABOLISM | 3.746 |
CARDIAC & CARDIOVASCULAR SYSTEMS | 3.603 |
NEUROSCIENCES | 3.552 |
MEDICINE, RESEARCH & EXPERIMENTAL | 3.439 |
INFECTIOUS DISEASES | 3.434 |
GASTROENTEROLOGY & HEPATOLOGY | 3.332 |
ALLERGY | 3.213 |
RESPIRATORY SYSTEM | 2.999 |
UROLOGY & NEPHROLOGY | 2.698 |
GERIATRICS & GERONTOLOGY | 2.471 |
■レビュー誌の方がIFが高くなりやすい
2005年のJCR Science Editionに基づいてIFランキングを作る(表2)とトップ10のうち、6誌がレビュー誌が占めており、Nature誌はトップ10からこぼれ落ちる(11位)。一方、どう考えても1位と考えられないCA:A Cancer Journal For Clinicians誌がトップになっている。総説は、一般的に、引用を受けやすいという傾向があり、しかも、総説だけを掲載するレビュー誌は掲載文件数が少なく、IFが高くなりやすいという傾向がある。レビュー誌でなくとも、原著論文数に対して、総説の掲載数が多い雑誌はそれだけでIFが高くなる傾向がある。したがって、異なるタイプのジャーナルを比較する際には、文献タイプの構成割合がどうであるのかを考慮しなければいけない。JCRでは、各雑誌の文献の構成が明らかになっている。たとえば、NEW ENGL J MEDはIF 44.016であるが、掲載論文308のうち総説が47(15.3%)といった具合である。
表2. 2005年のIF上位10誌(出典JCR Science Edition 2005)
Rank | Title | Impact Factor |
1 | CA-CANCER J CLIN | 49.794 |
2 | ANNU REV IMMUNOL | 47.400 |
3 | NEW ENGL J MED | 44.016 |
4 | ANNU REV BIOCHEM | 33.456 |
5 | NAT REV CANCER | 31.694 |
6 | SCIENCE | 30.927 |
7 | NAT REV IMMUNOL | 30.458 |
8 | REV MOD PHYS | 30.254 |
9 | NAT REV MOL CELL BIO | 29.852 |
10 | CELL | 29.431 |
■Self Citeの問題
倫理的な問題を含む問題として、Self Citeの問題がある。ジャーナルの編集者が自誌のIFを上げたいと思えば、投稿者に対して、自誌の論文をできるだけ引用することを強制することで、数字上のIFを上げることが可能である。このSelf Citeの奨励に関しては、これまでたびたび問題になっている。Leukemia誌が投稿者に自誌の引用を強制していることをライバル誌のLeukemia Research誌の編集者がBMJ誌上で告発した。Leukemia誌では自誌引用率が(1997年34/563)、Leukemia Research誌(1997年5/365)であり、確かに、Leukemia誌の方が高かった。JCRを見れば、Self Citesははっきりと見えるようになっている(図3)。もちろん、インパクトの高いジャーナルほど引用される率は高いのであるが、不自然にSelf Citeが多かったり、投稿者に強制しているとすれば問題である。
■分子/分母問題
IF算出の対象となる文献の種類に関しては大きな問題になっている。ジャーナルには、原著論文や総説の他にも多くの文献が掲載されている。編集者への手紙、論説、短い抄録論文などを掲載論文としてカウントするか、それに対する引用をどのように扱うのか、また、文献タイプをどのように判定するかは大きな問題である。SCIでは文献を原著論文(Article)、総説(Review)、その他(Others、編集者への手紙、論説、ニュース記事、会議録)に分けてカウントしている。IF計算用の分母になるのは「論文」と「総説」だけだが、分子としては、すべての文献(論説、ニュース記事、編集者への手紙なども含めて)への引用がカウントされる。
この計算方法では、ジャーナルの構成によって不公平感が出ることがある。例えば、会議録の抄録を参考文献として上げることを認めるかどうかである。雑誌によって、規定は異なるが、多くの雑誌が認めるとなると、会議録の抄録が掲載される学会誌のIFは、分子のみが大きくなり、分母は不変なので、IFは高くなると考えられる。
■IFだけで判断せず、多角的に見る必要がある
IFはあくまでもジャーナルの評価指標のうちひとつであり、その数字でジャーナルの絶対評価が決まるようなものでもないというのが結論である。トムソンサイエンティフィック社はIFのみを公開したり、販売したりせず、JCRによって多角的にジャーナルを評価して欲しいと考えている。JCRで各雑誌のデータを見れば、どの程度のSelf Citeがおこなわれているか、総説の割合がどの程度か、掲載論文数がどの程度かがわかる。そこまで見ないとジャーナルの評価はできない。また、逆に言えば、経験的にはインパクトファクタの差が25%以内の雑誌は同一ランクに属していると考えてよいといわれており、あまり小さなIFの差にまで気にするのは、やり過ぎといってよいだろう。
次回は、「インパクトファクターで研究者個人の評価ができるか」というテーマを考えてみたいと思う。今回、IFに関する多くの資料や助言を頂いたトムソンサイエンティフィック社広瀬容子氏、矢田俊文氏に感謝いたします。
参考文献
1)棚橋佳子、薬学図書館50;230-234, 2005
2)「インパクトファクターを解き明かす」山崎茂明, 2004
以下も参考になります。
インパクトファクター関連論文
トムソンサイエンティフィック社FAQ
以上、医学のあゆみ221巻10号「インパクトファクターを正しく理解する」より許可を得て転載
その他の回は医家向け電脳道具箱の一覧をごらん下さい。