医家向け電脳道具箱第五回分を掲載します。
■ソーシャルブックマークとは?
ソーシャルブックマークは、この1,2年で急速に普及した新しいwebサービスの一つである。
よく見るwebサイトのアドレスをブラウザに登録することをブックマークという。Internet Explorerであれば「お気に入り」に登録することである。しかし、自宅と勤務先で違うコンピュータを使っていたりすると、二つのコンピュータのブックマークを同期させておくのは、意外と面倒である。そこで、10年くらい前から、オンラインでブックマークを保管できるサービスがあった。自分のアカウントを作って、そこにブックマークをためておけば、インターネットを通じてどこからでも同じブックマークにアクセスできるというのが魅力であり、一定数のユーザーの人気を集めていた。
ソーシャルブックマークは、このオンラインブックーマークを一歩進めたサービスである。自分のオンラインブックマークを公開し他人と共有することで、あらたなコミュニケーションツールとして新しい可能性を生み出し、この1,2年でブレイクした。
ソーシャルブックマークサービスは、たくさんの会社が始めているが、世界的に見れば、ソーシャルブックマークの草分けである「del.icio.us」(図1)が有名である。国内では「はてなブックマーク」(図2)の人気が高い。
■ソーシャルブックマークがなぜブレイクしたか?
なぜ、自分のオンラインブックマークを公開し共有するだけで、新たなコミュニケーションツールとしての可能性が生まれるのか?私も愛用しているはてなブックマークを例にとって説明したいと思う。
はてなブックマークを始めるためには、まず、アカウントを作る必要がある(無料)。自分が興味を持ったwebサイトや記事があれば、ブックマークレットという仕組みを使って、簡単にはてなブックマークに登録ができる。通常のブックマークだとwebサイトのトップページを登録することが多いと思うが、ソーシャルブックマークではwebサイトのトップページを登録するよりは、各記事を登録することが多い。
登録する際には、自由にタグを付けることができる。[研究留学]とか[Mac]とか[医学情報データベース]とかつけて、自分なりのカテゴリ分けをするわけである(図3)。[あとで読む]というタグをつけて、時間のあるときにゆっくり読むために保存している人も多い。また、タグ以外にも自由にコメントを付けることができる。タグやコメントはオプションなので必ずしも付ける必要はないが、有効にソーシャルブックマークを使うなら付けておいた方が便利である。以上でブックマーク登録は終了である。
自分のブックマークは非公開にして、「ただのオンラインブックマーク」として利用することもできるが、多くの人が自分のブックマークを公開することによってソーシャルブックマークの本来の目的が達成される。他人のブックマークを覗くことで、似たような興味を持った人がどのような記事をブックマークしているのかを知ることができ、情報が飛躍的に広がるのである。たとえば、自分のブックマークの中で、他の人が同じwebサイトや記事をブックマークしていれば、そのことが表示される(何人が登録しているかという数字が表示される、図4)。誰がブックマークしているかもわかり、その人の名前をクリックすれば、その人のブックマークの一覧が表示される。同じ記事をブックマークしているということは、興味が重なっているわけであるから、その人のブックマーク一覧を見ることによって新しい発見をする可能性がある。
ソーシャルブックマークのもう一つの新しい側面は、ブックマーク数がひとつの注目度の指標になってきているということである。はてなブックマークでは、それぞれの記事において何件のブックマークが付けられているのかが表示される。何十人という人がブックマークを付けている記事はかなり注目度の高い記事であるといえる。はてなブックマークのトップページでは、日替わりで「最近の人気エントリー」「注目のエントリー」が表示され、たくさんのブックマークが付けられた記事を知ることができる。
この機能を使うと、あるブログの中で一番人気の高い記事を探すということもできる。たとえば、私が書いている研究留学ネットの中で、ブックマークされている数に基づいて人気の高い記事のランキングを作ることができる。URIにhttp://b.hatena.ne.jp/entrylist?sort=count&url=http://www.kenkyuu.net/
と入力することで、ブックマーク数の多い順に記事を並べることが出来る。トップページがもっとも多く(35)ブックマークされているが、次は、「研究者のためのコンピュータフォーラム [論文PDFファイルの整理方法]という記事が15ブックマークで人気があることがわかる。
また、コメントという機能を使って、ある記事に対して大勢の人がコメントを付けることによって、コミュニケーションツールとしても広がっていく可能性があり、まさにWeb2.0的サービスと言える。
■学術論文に特化したソーシャルブックマークサービス〜CiteULikeとConnotea
実は、学術論文に特化したソーシャルブックマークサービスがある。そのひとつがCiteULike(日本語版 )(図5)である。CiteULikeはRichard Cameronという研究者が、開発し、無料サービスとして提供しているものである。CiteULikeが普通のソーシャルブックマークと違って、「学術論文専門」を名乗っているのは、学術論文データベースから、書誌情報を抜きだしてくる機能があるからである。たとえば、PubMedを使って、興味のある論文を見つけたとする。通常のソーシャルブックマークでブックマークしても、タイトルは「Entrez PubMed」となってしまい、コメント欄に、論文のタイトルや著者名を自分で打ち込まなければならない。しかし、CiteULikeは論文のタイトル、著者名、など書誌情報を自動的に取り込んでくれるので、ブックマークの一覧はあたかも文献データベースのようになる。しかも、ソーシャルブックマークであるので、公開し他人と共有することができる(非公開を選ぶこともできる)。PubMed以外にもScopusやNature誌、Science誌、Amazonなど多くの文献データベースや出版社のサイトに対応している。
自分の文献データベースを作る以外にも、いくつかの便利な使い方がある。気になる論文だけれど、abstractを読んでいる暇がないというときは、CiteULikeでブックマークしておく。そして後で時間ができたときに読むという使い方もある。また、同じ研究グループの人たちでブックマークを共有するという使い方もある。コメントを付けることができるので、各人がコメントを付ければ、簡単な輪読会のようなものにできる可能性もある。このように、文献情報に特化したソーシャルブックマークというのも大きな可能性を持ったwebサービスであるといえる。
CiteULikeは個人が運営しているという点では、このサービスが今後も安定して継続されるのか少し不安がある。一方で、ConnoteaもCiteULikeと同じ文献情報のソーシャルブックマークであるが、こちらはNature Publishing Groupが運営している。
■学術論文のソーシャルブックマークの可能性
CiteULikeとConnateaは、ソーシャルブックマークの便利さや楽しさを知った人には非常に魅力的なサービスといえる。しかし、現時点で、これら学術論文のソーシャルブックマークがうまくいっているかと聞かれれば、Noと答えざるを得ない。その最大の理由は、参加者数が少ないために、「ソーシャル」の魅力が引き出せていないことによる。Bioinfomaticsなどの分野ではそこそこの参加者を集めているようだが、私の専門分野の腎臓内科学などは参加者が少ない。ソーシャルブックマーク自体ブレイクしたとは言え、私の周りでも愛用している人というのにはなかなかお目にかからない。さらに学術論文に特化したソーシャルブックマークとなると、普及するにはまだ時間がかかるかもしれない。でも、この記事を読んだ方で興味を持たれた方がいれば、一度ご自分で使ってみて頂きたい。
■医学情報においてWeb 2.0時代はやってくるのか?
ソーシャルブックマークはWeb 2.0的なサービスの代表的なものであるが、医学情報においても今後Web2.0的なサービスが増えてくるのだろうか。現時点では医学情報においてはほとんどWeb2.0的サービスは存在していない。
少し私見を述べさせてもらう。Web2.0においても最も重要なのは集合知であると考える。これまでは少数のauthorityによる情報で構成されていた知識が、インターネットを介して、多数の非権威者の知識を集めることによって代替可能、もしくは、よりすぐれたものになり得るという考え方である。玉石混淆の知識の中にはある程度の不正確な情報も含まれる可能性もあるが、それらも許容し、情報にランキングを付けることによって、それをカバーする。情報にランキングを付ける方法としては、閲覧数だったり、権威のあるサイトからのリンクであったり、ユーザーからの評価であったりする。しかし、医学情報の場合、たとえ少数であろうとも不正確な情報を許容することは難しいという側面がある。集合知という観点から見れば、Wikiは代表的なWeb2.0サービスといえる。最も代表的なWikiであるWikipediaにおいても医学情報の頁には「医療情報に関する注意:ご自身の健康問題に関しては、専門の医療機関に相談してください。」とのコメントがついている。このことを見ても、まだまだ医学情報においては、Web 2.0サービスが増えてくるには時間がかかると多くの方が思われるであろう。
2006年にNature誌が試みた新しい査読システムのテストをご存じであろうか?最もインパクトの高い学術誌、Nature誌においてopen peer reviewという査読システムが試験運用された。論文がインターネット上に公開され、誰でもコメントをつけてよりという、まさにWeb2.0的な査読システムであった。残念ながら、思ったほど多くのコメントを集められなかったという意味では成功はしなかった。しかし、今後、我々が思いもよらないスピードでWeb 2.0的サービスが医学の世界でも普及するのかもしれない。
以上、医学のあゆみ221巻7号「ソーシャルブックマークの可能性」より許可を得て転載
その他の回は医家向け電脳道具箱の一覧をごらん下さい。